「……向かってこないな」
マルファさんとエイリスさんも豚頭の像の様子に気がついたようで、一度戦闘態勢を解除しました。
念の為にマルファさんが炎弾の魔法を撃ち込みますが、ぴくりとも動きません。
その間、エイリスさんはじっとその様子を観察しています。
「もしかして……」
エイリスさんは刀身を縮めた魔力剣を持ったまま、歩き始めました。
「エイリスさん!? 危ないですよ!」
「心配ありがとうアメリア。だけど見守っていて欲しい。ボクの予想が正しければ、多分大丈夫だと思うから」
笑顔でそう言われてしまっては、これ以上何も言えなくなってしまいました。すぐに助けに行けるように、私はカサブレードを握りしめます。
歩いていたエイリスさんはある位置で立ち止まりました。
「ここまで来て何も反応が無い。それならあと一歩踏み出せば……」
エイリスさんが更に一歩踏み出しました。その瞬間、豚頭の像は動き出し、エイリスさんへ襲いかかろうとします。
しかし、エイリスさんが一歩下がると、豚頭の像は停止しました。それどころか、ゆっくりと元の位置に戻り、また同じ姿勢になりました。
エイリスさんは満足そうに頷きます。
「うんうん。やはりボクの予想通りだったね」
「何か分かったのか?」
「うん、この像の怒りのラインがね」
エイリスは魔力剣を横に振り、通路に線を作ります。
「まず前提として、この像はある指示を受けた魔具、もしくはそれに近い何かだ」
「ある指示? 具体的に説明しろよ」
「この像の目的は、侵入者の排除だ。その稼働条件はこの線より向こうに入った者。言い換えれば、あの像の索敵範囲に入った者を排除することに特化している」
「だからさっきエイリスさんが行って戻ったら、動かなくなったんですね」
「そういうことさ。……まぁ、それが分かっただけなんだけどね」
エイリスさんがそう言って気まずそうに笑います。それを踏まえて作戦会議が始まりました。
今の状況を整理してみることにしました。
私達はあの像の向こう側に行きたい。だけど一定のラインを越えると、襲いかかってきて、攻撃もあまり効いた様子はありません。
一番早いのは透明になってしまうことなのですが、そんな魔法はないですしね。困ってしまいました。
「空でも飛べれば良いんだろうけどね。マルファ、ボク達を飛ばす魔法はないかい?」
「自分を飛ばすのだけでも高難度なのに、そんなもんねーよ。というかアメリア、カサブレードでアレぶっ飛ばせねーの?」
「やれたらいいんですけどね。けど、叩いてみた感じ、あまり手応えを感じなかったというか……」
「なんかこう、カサブレードから必殺光線とか出たりしないのか?」
「そんな事出来たら最初から使っていますよー!」
試しにカサブレードを向けて、うんうん唸ってみましたが、そんなすごいものは出るわけがありません。
そこで私は一つ、思いついたことがありました。
「あの像ってそこまで早い動きをするわけじゃありませんよね?」
「ん? 確かにそうだね。油断はできないけど、対処できないほどではないと思う」
「あと、マルファさんは風の魔法を使えましたよね?」
「使えるけど、それがどうした?」
「ならこういう手はどうですか!?」
私は案を二人に話してみます。完全に思いつきでしたが、それでもここで立ち止まっているよりはマシだと思いました。
案を話し終えると、エイリスさんとマルファさんは顔を見合わせます。
「ボクはかなりリスクの高い賭けだと思う。皆の安全を考えるなら、ボクはあまり賛成したくないね」
「そうか? わたしは良い手だと思ったね。やばかったら次の手を考えるまでだろ」
二人の意見は正反対でした。いつもの私ならここで引くかもしれません。ですが、私は更に考えを伝えました。
「私が石像側になって攻撃を防ぎます。カサブレードなら大丈夫だと思うんですよ」
「けどアメリア。それじゃ君が危険だよ」
「大丈夫です。太陽の化身よりは危険じゃないと思います。たぶん、絶対、その、ハイ!」
私は二回も太陽の化身と対峙しました。その時に感じた強烈な死の恐怖に比べれば、これくらいどうってことはないのです。
エイリスさんは私の覚悟を汲んでくれたのか、これ以上反対することはありませんでした。
「分かった。ボクも可能な限りサポートすることを約束しよう」
「話は決まったな。じゃ、早速やるぞ~」
「立案した私が言うことではないと思うんですが、マルファさんって本当に度胸がすごいですね……」
「これも魔法極めるためだしな。やってやんよ」
早速、私達はフォーメーションを組むため、豚頭の像に
まず私はマルファさんの左側の背中と腰に手をやりました。エイリスさんは右側の背中と腰に手をやりました。これで準備完了です。
「まずは軽量化の魔法かけるぞ」
マルファさんは私達に軽量化の魔法をかけてくれました。これは一定時間、物体の質量を軽くする効果があります。私達の体重は元の半分ほどくらいになっています。
「っし、準備オーケイ。じゃー行くぞお前らー。舌噛むなよ」
マルファさんは両手を突き出し、とある魔法を行使します。
「吹っ飛ばせ、暴風の魔法!」
次の瞬間、私達はある意味、空を飛びました。
「きゃああ!」
「うおおおお!」
方法は至極単純です。マルファさんに暴風の魔法を使ってもらい、軽くなった私達を目的の方向にふっ飛ばしてもらいます。
ラインを越えた辺りで、豚頭の像が動き出しましたが、風に押された私達はすぐに像を横切りました。
「来るぞアメリア! 攻撃一回分だ!」
ですが、豚頭の像は斧を振っていました。もともとの姿勢が斧を振りやすい格好だったので、これは予想済みです。
私はカサブレードを構え、斧を迎え撃ちます。
「っ痛ぅ!」
軽量化したせいなのか、さっき防いだときより、攻撃が重く感じます。ですが、弱音は吐きません。
エイリスさんとマルファさんが私を信じてくれたのです。これで守りきれなくて、何がメイドですか!
「メイド魂ィー!」
永遠にも似た数秒が経ちました。そして、とうとう斧の感触が軽くなりました。