私達はとうとう豚頭の像の向こうに行くことが出来ました。向こうにも動くラインがあったようで、一定の距離を取ると、動かなくなりました。
「お前ら、生きてるか?」
「な、なんとか生きてます」
「同じくだよ。ようやく死んでいないのだなと確信が持てたところだよ」
豚頭の像の向こう側にもまだ道はあります。これから先、どんな罠が待ち受けているかは分かりませんが、私達には関係ありません。
「まだまだ先は長そうです。けど、私達が力を合わせれば……!」
「皆、まだまだここからだよ。知恵を出し合おうじゃないか」
私達は力を合わせ、ただ進むだけです。
そこから私達は色々な罠を乗り越えました。時には矢の雨が飛んできて、時には火や水を使った罠にも引っかかりました。
その度に私達は力を合わせ、なんとか乗り越えることが出来ました。
そしてとうとう、最後の部屋と思わしき扉の前に辿り着きました。
「ここが最後の部屋ですね」
「魔具の反応も最高だ。ここで間違いないだろうね」
「よっしゃ、早く入ろうぜ! とまあ、その前に。下がってろお前ら」
マルファさんが皆を下がらせた後、手を扉の前にかざしました。
「まずは罠チェックだ。ほい小爆発の魔法」
爆発の魔法を行使すると、目の前の扉が吹き飛びました。これは途中から使うようになった手段です。
きっかけはここに来るまでの道中です。途中、扉を開けたり、触れた瞬間に罠が発動する扉と出会ってしまいました。最初こそなんとか対処しようと頑張っていたのですが、なんというかその、面倒になってしまったのです。話し合いの結果、危なそうな扉があったら、まずは爆発させてみようという結論になったのです。
思考停止の手段かと思われるかもしれませんが、意外と効果的でした。そのおかげで救われた場面が何度かあります。
「やっぱり危なそうなものは爆発させるに限りますね」
「なんつーか、アメリアの口から出て良い言葉じゃねー気がする」
「アメリア……汚れてしまったね」
「ちょっとー! なんですか二人ともその言い草はー! 私だって最初は拒否感示してたじゃないですか!」
これには猛抗議です。なんだか私が爆発大好きみたいじゃないですか。ただ爆発が一番効率の良い手段だと知ったから、見方が変わっただけだというのに。
私のようなメイドにとって、効率の良さはとても大事なのです。効率よく動いて生み出された時間で、更に別のメイド業務が出来るのですから。
「まあ、良いぜ。特に何もなさそうだったから、早く入っちまおう」
破壊された扉の中は書斎でした。机と本棚がある、何の変哲もない部屋です。今までで一番危険がなさそうでした。
皆、用心しながら入室してみますが、何も起こる気配がありません。
「……なんだ、ここは? 一見ただの書斎のようなのに、それでも魔具の反応が止まらない」
「うーん、この部屋の配置……」
マルファさんがうろうろと部屋の中を歩き回ります。
「なーんか、引っかかるというか」
本棚を注意深く見ながら、色々な所をペタペタと触っています。何をしているのか、さっぱり分かりません。
すると、マルファさんがある本棚のところで止まりました。
「おん? ここ、なんか妙な手応えが」
マルファさんが違和感を覚えた本棚をぐっと押すと、なんと本棚がひとりでに動き出しました。
「ええっ!? 何が起こっているんですか!?」
「どうやら仕掛け本棚のようだったね。お手柄だよマルファ。よく分かったね」
「なーんかクサかっただけだよ。わたしはなんにもしてねーから」
そうは言うものの、マルファさんはどこか照れているような感じでした。
そんなマルファさんに可愛らしさを感じつつ、私達は新たに現れた部屋に入ってみることにしました。
ここも罠はなさそうです。ただ中央にテーブルがあり、その上に一冊の本が置かれていました。
エイリスさんがその本を手に取り、最初の一ページ目を読みました。
「これは……」
「何が書いてあるんだ?」
「どうやらここの遺跡を建てた人間が書いた日記みたいだ」
「マジか! ならきっと、伝説の魔法や魔具に関することが書かれてるんだ!」
マルファさんが満面の笑みを浮かべていました。エイリスさんもその可能性を感じているようで、微笑みを浮かべています。
エイリスさんはどんどん読み進めました。すると、だんだんページをめくる速度が遅くなっていきます。
「どうしたんだよ。さっさと読めよ」
「エイリスさん、何か良くないことでも書いてあったんですか?」
「……いや、なんでもないはずだ。すまない。もう少し読ませてくれ」
「何だよそれ。お前にしては歯切れが悪いな」
エイリスさんの顔から微笑みが消えていきます。言葉と表情がいまいち噛み合っているように見えません。
良く分からないまま、私はエイリスさんの読書を見守りました。
「こ、れは……」
エイリスさんがとうとう空を仰ぎました。
マルファさんがひったくるように本を奪いました。とうとう痺れを切らしてしまったようです。
「何やってんだよ。ちょっとわたしにも読ませろ。どれどれ――」
最初からパラパラとページをめくるマルファさん。するとエイリスさんが表情を曇らせたあたりで、同じく表情を曇らせていきます。
「なぁエイリス。これ――」
「読みたまえ。話はそれからにしよう」
「あぁ。……アメリアにもあとで読ませてやるから、待ってろ」
「? は、はい」
一体どんなことが書かれているのでしょうか。私が読んでも意味が分かることなのでしょうか。
さっきから私の頭上に疑問符がずっと浮かんでいます。
そして、とうとうマルファさんが本を閉じ、膝から崩れ落ちてしまいました。
「なん……だと、そんなバカ、な……!」
マルファさんが震える手で私に本を差し出しました。
エイリスさんが無言で頷き、私に本を読むよう促します。
「じゃあ読みますね」
――私は人を信じることが出来なかった。
最初の書き出しは悲しいものでした。。
著者は魔具職人のようです。人を信じることが出来なかったこと、友達を作ることが出来ず、ずっと孤独な人生を送っていたこと、自分には魔具を作ることしかできないことなどなど。
悲しみと孤独が感じられる文章でした。
そして読み進めていく内に、ある文章が引っかかりました。
――そうだ、人は人を信じられるのか試してみよう。
私はなんだか嫌な予感がしてきました。きっと、エイリスさんとマルファさんもこの辺りで表情を曇らせたのだと感じました。
そこからは罠の配置や作り方など、書かれていたので少しページを飛ばしました。
いよいよ最後のページになりました。
――ここまで読んでくれた君達。この本を読んでいるということは、私の仕掛けた罠を乗り越えて来たのだろう。私が流した噂にまんまと引っかかり、ここまで来たお馬鹿さん達よ、ご苦労。
罠は複数人が力を合わせなければ、乗り越えられない内容となっていた。君達の絆、確かに確かめさせてもらった。
この文章を読んでくれることが、私にとっての慰めとなるだろう。
この部屋の片隅にある魔法陣に入ると、森の入口まで戻れる。それで戻るが良い。
あ、特にここまで来られたことに対する報酬はない。ここの森で採れる果実は美味しいので、それでも持って帰ると良いだろう。それではさらば。
「……」
私は無言で本を閉じました。私達は顔を見合わせます。はい、思っていることは皆、同じでしょう。
「何ですかそれ!」「何なんだこれは!」「何だそりゃ!」
私達の叫びは、遺跡どころか、森中に響いていたことでしょう。