ある日、マルファさんがこんなことを言い出しました。
「なぁ、二人の魔法が見たいんだけど」
冒険者ギルドの片隅、私達がいつも座っている場所で、マルファさんはそう言いました。
エイリスさんは食事の手を止め、マルファさんを見ます。
「魔法かい? それならボクは前に二回ほど見せたような」
「もっと見たいんだよ! 前から言おうと思っていたけど、雷の魔法を使える奴なんて珍しいからな!」
「マルファさん、そうなんですか?」
ちなみに私はまだ食事をしていません。メイド時代の癖で、朝食のリズムが遅めだからです。
二人からは一緒に食べようとは言われているんですが、まだまだ慣れるまで時間がかかりそうです。
「そうさ! 属性魔法って適正があるんだけどな、その中でも雷属性はかなり少数だ」
「へぇ! エイリスさんってすごいんですね」
「すごいっていうもんじゃないさ。ほら、おとぎ話とかに出てくる勇者って、だいたい雷の魔法を使っているだろ? それくらい希少だし、強力だしで、とにかく雷属性はすげーんだよ」
「そ、それほどでもないよ。たまたま使えたってだけなんだから」
エイリスさんがマルファさんから目を逸らし、帽子を深く被り直していました。
私はその動作を見て、無意識に言葉を口にしました。
「そういえばエイリスさんって、いつも帽子を被っていますよね」
「……そうかな?」
「おーそういやそうだな。いっつも帽子にマントだしな」
「……まぁ、そういうスタイルでやらせてもらっているしね」
マルファさんは笑顔で言いました。
「帽子取ってみ?」
「お断りするよ」
「ハゲてんの?」
「この前の〈グレーカープの森〉のように、美しくも豊かな髪が生えているよ」
「無理やり取ったら怒る?」
「その時はいくらボクでも魔力剣を使わざるを得ないね」
そう言いながら、エイリスさんは魔力剣の柄を抜いていました。いつ剣身を出してもおかしくありません。
終始笑顔でしたが、エイリスさんは恐らく本気で言っているのが分かります。マルファさんもその本気を悟ったため、それ以上何かを言うことはありませんでした。
「とまあ、脅しておいてなんだけど、帽子はその……まだ取りたくないんだ」
「……それは言えない事情なんですね」
「そうだね。仲間の君達に隠し事はしたくないのだけど、今はまだ、それを話す勇気が出ないんだ」
「ふーん」
マルファさんは目玉焼きを半分に折りたたみ、ガブリとかぶりつきます。
「いーんじゃねーの? 話したくなかったら話さなきゃ良いし、話したくなったら話せば良い。そうだろ?」
「そうですよ。誰だって、話したくないことの一つや二つはあります」
「アメリアは話せないポカ多そうだけどな、ぷぷぷっ」
「しっ失礼だー! なんてこと言うんですかマルファさん! まだ四桁いっていませんから!」
「三桁はいってんじゃねーか! とんでもねー奴だな!」
全くもう! マルファさんってばもう! いくらポンコツメイドの私とは言え、プライドというものがあるんですよ。失礼極まりないです。
私とマルファさんのやり取りを見ていたエイリスさんが笑いだします。
「あーっ、エイリスさんまで笑いましたねー!」
「違う違う。ありがとう二人とも。きっとそのうち、ううん近い内に話すかもしれない。そのときは聞いてほしいな」
「もちろんです。ねーマルファさん?」
「カウンセリングなら金もらうけどなー」
マルファさんはいつまでたっても素直じゃないマルファさんなのでした。
目玉焼きを食べ終えたマルファさんが急に立ち上がります。
「って、違う! 話が逸れた! 次はアメリアだ」
「私、魔法は使えませんよ」
「本当の本当にかー? 魔法使えないのか?」
「逆に聞きますけど、私が魔法使っているの見たことありますか?」
「……まぁな。でも伝説のカサブレードは使えて、魔法は使えないってあるのか?」
エイリスさんが頷きました。
「あると思うよ。魔具というのは元々、誰もが魔法の効果を使えるように簡便化された物だしね。少量の魔力があれば動くよ」
「そうか……はぁ、じゃあエイリスで我慢しておくか」
「それでどうして妥協された感じになっているか分からない……」
「それにしても魔法かぁ……使えれば、楽しいだろうなぁ」
私の言葉に、マルファさんの肩がピクリと動いたような気がしました。
「アメリアは魔法に興味があるのか?」
「? はい、もちろんですよ。だって魔法があれば、もっとメイド業務が楽しくなるだろうし」
前に聞いた話ですが、腕利きのメイドさんは魔法も併用して仕事をこなすと聞きます。いちいち水を汲みにいかなくて良いし、室内に風を起こして効率的に埃を落とせるしで、効率的な使い方は色々と浮かびます。
私の話を聞いていたマルファさんの目つきが変わっていきます。
「そうかそうかそうか。よし、エイリス、アメリア行くぞ!」
「行くって、どこへだい?」
「空き地だよ! これからアメリアにもっと魔法の素晴らしさを教えてやる!」
拒否権などないとばかりに、マルファさんは私達を連れて、空き地へと向かいました。
◆ ◆ ◆
実は王都内にも使われていない空き地が存在します。子どもの遊び場だったり、色々な用途に使えるよう、わざと残しているそうです。
空き地はいくつか存在し、私達はそのうちの一つにやってきました。
早速辿り着くなり、マルファさんは両手を広げます。
「よし。魔法のお時間だ」
「よろしくお願いします!」
「ボクは少し離れて見ているとするよ」
「じゃあ早速。まずはこの魔法を見な」
そう言いながら、マルファさんは右手を開くと、そこに小さな魔法陣が出現しました。そこから水が噴射されます。
これは水生成の魔法ですね。私がいつか使ってみたい魔法の一つです。
「良いですねぇ……便利そうですねぇ」
「これは簡単な魔法だから、アメリアも使えるはずだ」
「えぇ! そうなんですか!?」
「魔法を使うには魔力が要る。魔力ってのは分かるよな? 世界に満ちる大気と、個人に宿る精神力と生命力が混ざったもんだ。この魔力を使って、世界に働きかけ、説明できない現象を引き起こす。それこそが魔法だ」
マルファさんの説明は分かりやすくて、ポンコツメイドの私でもすらすら理解できます。その後も、マルファさんは魔法に関する様々なことを教えてくれて、最後にこうまとめてくれました。
「つまり、魔法ってのは鍵を開けた結果だ。魔力という名の鍵を使って、目的の魔法という名の錠を開く。これで魔法を使えるんだ。簡単だろ?」
「魔法ってかなりシンプルなんですね」
「そうだな。魔法ってのはシンプルなんだよ」
マルファさんが可愛らしい笑顔を浮かべます。私はこの笑顔が好きです。魔法の話をしているときのマルファさんは、本当に幸せそうに見えるから。