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第26話 謎の視線

「だけどな、そんなシンプルな行為も組み合わせてやれば、こんなことが出来る」


 マルファさんは水生成の魔法を使って、地面を濡らしました。そこですかさず、氷結の魔法を行使します。

 すると、なんということでしょう。濡れていたところが一気に凍りついてしまったではありませんか。


「魔法ってのは発想と使い方で無限の可能性を秘めていると思っている。私はな、アメリア。そんな魔法の組み合わせをどんどん見つけていって、『魔法はすげーんだ。こんな使い道のなさそうな魔法でも、発想と使い方を考えれば、こんな事もできるんだぞ』って世界に叩きつけてやりてーんだ」

「すごいです! アメリアさんなら、きっと出来ますよ! だって――」

「だって?」

「だってマルファさんはいつもイタズラとか良くないことを考えているから、きっと柔軟な使い方を痛ぁーい!」


 私の頭に痛みが走ります。マルファさんが怒りの形相で近づいてきて、頭を小突かれてしまいました。

 ひどいです。私は今、マルファさんのことを褒めていたというのに。


「あの、痛いです」

「急にわたしに喧嘩売ってきたから買ったまでだ」

「売ってないじゃないですかー! ただ私、マルファさんがずる賢いからこそ出るその発想で魔法の無限の可能性をって、いたたたた! つねらないでくださいー!」

「お前の喧嘩の売り方は天才的だなぁ。そのまま売ってりゃいつの日か、一国一城の主になれるぜ」


 言っている意味が全く分かりません! なぜ褒めているのに、つねられないといけないのでしょうか!?


「マルファー。その辺にしておきなよ」

「はぁ……なんだか怒る気もなくなったよ」

「頭と頬が痛いです」

「自業自得だ。意識してないでそれなら、お前天然の煽り師になれるぜ」

「私はただのメイドなのに……」

「ともかく、マルファの知識と夢はよく分かったよ。その証拠に、君の魔法に関する知識と情熱は傾聴するに値した」


 マルファさんが鼻を鳴らします。


「随分、上から目線だな」

「上から目線? 何を言っているんだい。君も知っての通り、魔法と魔具は切っても切れない縁だ。ボクも魔法に関して、一定の学習をしているからこそ、君のことを評価したまでだよ」

「はいはい、ありがとうな。もうアメリアのせいで、悪態つく元気もねーよ」


 喧嘩しないでくれたのはありがたいですが、その理由は非常に異議を唱えたいところです。



 その時、誰かがこちらを見ているような感じがしました。



「え?」


 気配のする方へ顔を向けてみましたが、誰もいませんでした。でもそんなはずはありません。

 メイドは周りに気を配り、誰よりも早く違和感に気づかないといけません。それは掃除や料理、屋敷の維持など、あらゆる方面に繋がってきます。

 私はポンコツメイドなので、せめて誰よりも早く違和感に気づくため、ずっと練習をしてきました。

 だから、その私がこのくらいの広さで間違えるはずがありません。


「アメリア、どうしたんだい?」

「あそこで誰かが私達を見ていたと思います」

「ボクが見てくる。二人はそこで待っていてくれ」


 私がちょうど物陰にあたる位置を指差すと、すぐにエイリスさんは駆け出していきました。

 エイリスさんが念の為、武器を構えながら、物陰を確認します。しばらく注意深く、周りを観察していましたが、やがて顔を横に振りながら、こちらに戻ってきます。


「誰もいなかったよ」

「そう……ですか」

「アメリアの勘違いなんじゃねーの?」

「そっそんなはずはありません! 私は何かを見つけることには少しだけ自信があります!」


 エイリスさんが形の良い顎に指を添え、何かを考えている様子でした。


「……ひとまず一度、ここを離れよう。アメリア、またこういうことがあったら教えてもらっても良いかい? これが続くようなら、王国の警備兵に相談することも視野に入れよう」

「分かりました」


 結局、正体がはっきりしないまま、私達はその場を後にすることにしました。

 完全に離れる寸前、また視線があったような気がしますが、あまりにも一瞬すぎて、私は考えないようにしました。


 それから私達は宿に向かいます。王都の中で中の下といったランクの宿です。

 最近、私達は三人で一部屋を借りています。私達パーティーの拠点、とでも言えば良いでしょうか。

 一部屋といっても、狭くはなく、いわゆる家族用の部屋を借りているのです。

 とりあえず一息つき、そこから気分転換がてら、依頼を受けようという話になりました。


 一時間後、私達は冒険者ギルドに来ていました。

 色々なモヤモヤこそあれど、身体を動かして忘れることにしよう。それが私達の結論です。

 何かお手頃な依頼がないか、物色していると、マルファさんが大声をあげます。


「こ、ここここれ受けよう! これ絶対に受ける!」


 そう言いながら、マルファさんはとある依頼書を突き出しました。

 私とエイリスさんはその依頼書を読みます。


「……魔法実験のお手伝い募集。言われた道具を取ってくるだけの簡単なお仕事です。……エイリスさん、これって」

「見るからに簡単だね。それで報酬は……ん? この額は記載ミスじゃないのかい? こんな簡単な内容で、この報酬の高さは異常だよ」


 私とエイリスさんの意見は概ね一致していました。

 ――怪しい。

 この一言に尽きます。ですが、マルファさんは簡単に引き下がりません。


「怪しくねーって! 魔法実験だぞ!? こんな高尚な内容なら、この額も納得だろ!」

「マルファ、落ち着くと良い。明らかにこれは怪しいよ。もっと報酬が安いなら分かるけど、この額の高さは記載ミスか怪しい内容の二択だと思う」

「ごめんなさいマルファさん。私もそう思います。なんというか、危ない感じがします」


 私は胸が痛くなるのを自覚しながら、マルファさんを説得します。魔法が好きなマルファさんとしては、ぜひとも引き受けたい内容でしょう。それはよく分かります。

 ですが、エイリスさんの言うことは正しいです。この依頼書の内容を鵜呑みにするならば、リスクとリターンが釣り合っていません。絶対に良くない内容だと思います。


「何だよお前ら、日和ってさ! じゃあわたしだけで受けるからな!」

「あっマルファさん待ってください!」


 依頼書をひったくるように掴み、マルファさんは冒険者ギルドを後にしてしまいました。

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