「ど、どうしましょうエイリスさん! マルファさんが行ってしまいました!」
「落ち着いてアメリア。ボク達こそが冷静になるべきだ。いま一度、依頼の内容を整理しよう」
エイリスさんは依頼の内容を丸暗記していたようで、すぐに詳細を話してくれました。
依頼は魔法実験のお手伝い。依頼日はなんと今日。場所は王都を出て、歩いて半日くらいの場所にある小さなお屋敷。内容は言われた道具を取ってくるだけの簡単なお仕事。報酬は冗談かと思うくらい高いです。
二人の間に沈黙が訪れます。これはどう振り返っても、やはり答えは決まっています。
「怪しいですね」
「うん、怪しいな。そして依頼主だけど……」
依頼主はエンス・ヴィークタ。私は何も連想することはありませんが、エイリスさんの表情がずっと険しいです。
「この名前、どこかで聞いたことがあるような気がしてね。どこで見たかな……」
「それならばまず、この人の正体を調べるのが先ですかね?」
「いいや、ここは手分けしよう。アメリアはマルファを追ってくれないかな? ボクは早急にエンス・ヴィークタの正体を探ってから合流するよ」
「分かりました。じゃあ、早速向かいます」
私とエイリスさんはそこで別れました。
ずっと嫌な予感がしています。マルファさんが無事でありますように。
私はすぐに馬車を捕まえることが出来て、依頼の場所へと向かっています。
念のため私はすぐにカサブレードを出せるように準備しておきます。
エンス・ヴィークタ。一体どういう人なのでしょう。こんなにあからさまに怪しい依頼を出すということは、何らかの目的があるはず。それにマルファさんが巻き込まれてないと良いのですが……。
「ついたぞ」
「ありがとうございます」
私はお屋敷の手前で降ろしてもらいました。エイリスさんから、まずは姿を見られないようにお屋敷を観察して欲しいと言われているためです。
「あれが依頼の場所……」
何の変哲もないお屋敷でした。特徴的な造りもない、本当に良くあるお屋敷です。
ですが、手入れはされていません。壁にはツタが張り付き、雑草が生い茂っています。扉の
あぁ……お掃除したい、整備したい、草刈りをしたい……。おっといけません。ついヨダレが出そうになりました。今はそれどころではありません。いや、私的にはそれどころなのですが。
なんとなく大声を出せるような雰囲気でもないので、私はまず目立たずに侵入できる場所へと向かいます。この手の屋敷にはかなりの確率で用意されている場所です。
「あった……!」
使用人の勝手口です。通常、正面玄関は屋敷の主や来客のためのもの。裏方は目立たない位置から入ることになります。
私はその勝手口から侵入しました。きっとここから厨房や休憩室、倉庫なんかにいけるのでしょう。緊急時でなければ、じっくりと屋敷の中を拝見したかったのですが、ここはぐっと我慢です。
なるべく音を立てないように移動し、マルファさんを探します。
「うーん……マルファさん、どこだろう」
そこで私は一つの可能性を考えます。
もしかしてまだ、この屋敷には来ていないんじゃないかと。確かにマルファさんは私達よりも早く冒険者ギルドを出ていきました。ですが、すぐに出発したのでしょうか。
一度戻った方が良いのだろうか。そんなことを思っていた時、私の耳に声が飛び込んできました。
その声は、間違いなくマルファさんです。
「マルファさん!」
私はカサブレードを右手に出現させ、声のした方へ走り出しました。声の方向と大きさからして、一階ではありません。
恐らく地下室が存在するはずです。私はメイド業務で培った知見をフルに生かし、階段があるであろう場所を探し出します。
「あった……!」
倉庫を開けると、地面に扉がありました。きっと地下へと続く階段があるのでしょう。
念のため、私は跪き、扉に耳を近づけます。
すると、またマルファさんの声がしました。今度はより大きく、よりはっきりと。
私はカサブレードを逆手にし、両手でしっかりと握りしめます。見たところ、鍵がかかっているようでした。呑気に鍵を探している時間はありません。
事態は一刻を争うため、強硬手段を選びました。
「ごめんなさーい!」
カサブレードを思い切り振り下ろし、扉を破ることに成功しました。私の予想通り、地下へと続く階段がありました。
「マルファさん、待っていてくださいね」
階段を降りる寸前、私は一度、冷静になります。もしもエイリスさんがここに来た際、すぐにここが分かるでしょうか?
少し考え、私はこの倉庫の扉を破壊し、破片とその辺に転がっていた物を集め、廊下に簡単な矢印を作ります。
そして私はいよいよ地下室へ突入します。階段の両壁には自動で点灯する魔具が飾られていました。どんどん近づいている確信があります。
階段を最後まで降りると、今度は鉄扉が私の前に立ち塞がります。
「こんなもの……」
カサブレードが発光します。これは後で聞いた話ですが、私は無意識に魔力をカサブレードの剣身に集中させていたようです。
このときは、怒りと焦りに駆られ、無我夢中だったのです。
「こんなものぉ!」
鉄扉を一撃で吹き飛ばし、私はとうとう中に侵入しました。
「ははは! 往生際が悪い! 早くその身体と脳を渡せ!」
「誰が簡単に渡すかよバカヤロー!」
私の目に飛び込んできたのは、シワだらけの服を着た眼鏡の男性と、マルファさんが戦っている光景でした。