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第31話 お説教

 その後の流れはとてもスピーディーでした。

 エイリスさんが王国の警備兵を連れてきていたので、エンスさんはあっというまに確保されました。その際にエンスさんが書き溜めていた研究資料や道具は全て回収されていきました。つまり、エンスさんの研究はここで終わりを迎えたのです。

 これで一安心だと、私は思っていました。

 ですが、マルファさんとエイリスさんは決して、同意はしてくれませんでした。


 何故か聞いてみたら、エイリスさんはこう尋ねてきました。


「もしもメイドの仕事をするための道具が全て没収されたとする。そうしたらアメリアはもうメイドの仕事が出来なくなるのかな?」

「いいえ、そんなことはありません。道具がなければ調達すれば良いし、私の経験は全部身体が……あっ、そういうことですか」


 私はなんと馬鹿なことを考えていたのでしょう。

 全てがなくなっても、知識や経験は自分自身に蓄えられています。あとはやる気さえあれば、何度でも取り組むことでしょう。

 きっとエンスさんは私達の前に現れることでしょう。そのときはもっと魔法の腕や研究が深まっているはず……。


「それで、だ」


 帰りの馬車の中で、エイリスさんが腕を組んでいました。唇は少し尖っていました。不機嫌になっていることは、誰の目から見ても明らかです。

 だからマルファさんもいつもの軽口は叩かず、大人しく座っているのでしょう。


「今回の件について、何か思うところがあるのなら聞きたいのだけど」

「あの、エイリスさん。マルファさんは大変な目にあったばかりなので、それはまた今度――」


 マルファさんが首を横に振りながら、私のことを手で制します。

 『自分で話す』という無言のメッセージを受け取った私は口を閉ざしました。


「今回のことはその、悪かったよ。もっと冷静になれば匂う・・案件だったってのは分かっていたはずなんだ。それでもわたしは魔法のことに目がくらんで、ありえねー依頼にとびついちまった。それでお前らに迷惑をかけてしまった」


 話をしている間、エイリスさんはじっとマルファさんの目を見ています。


「ほんとにあぶねーとき、お前らの顔が浮かんだ。そんで、何故か絶対に来てくれるって思っちまった。都合の良いこと言ってんのは分かってんだけどさ」

「つまり、君はどう思ったんだい?」

「迷惑かけたよ。もうこんな真似しない。どうやらわたしはわたしが思った以上に、このパーティーの居心地が良いみたいなんだ。だから、このパーティーに残らせてほしい」


 そう言って、マルファさんが頭を下げました。

 そんなマルファさんを見て、私は居ても立っても居られなくなりました。

 マルファさんの名を呼び、両手を握りました。


「ちょ、アメリア!?」

「確かにマルファさんは今回軽率だったのかもしれません。それでも、私達のことを最後の最後まで信じてくれたことが嬉しいです」

「てっ手を離せよう」

「マルファさんは私達の仲間です。これからもずっとです!」


 するとエイリスさんは大きなため息を吐きました。


「アメリアは本当に甘いね。けど、好きな甘さだ」

「それじゃあ! マルファさんのことを追い出さないでくれるんですね!?」

「アメリア……なんだか君はボクのことを勘違いしているんじゃないか?」


 勘違いとは何のことでしょう。私はてっきり、マルファさんのことをパーティーから追い出すんじゃないのかと思ったのに。

 それをエイリスさんに言うと、更に大きなため息を吐かれてしまいました。


「勘違いしているね。そもそも、ボクはマルファを追い出す気なんてさらさらないよ」

「そ、そうなんですか!?」

「仲間が独断行動したせいでちょっと危ない目に遭った。だから叱っている。そういう構図にしていたつもりなんだけどね」

「ご、ごめんなさい……私、そういう空気、読めなくて……。うぅ、ポンコツメイドです」


 私とエイリスさんのやり取りを聞いていたマルファさんは動揺の表情を浮かべています。


「良いのかよ、本当にこのパーティーにいて」

「アメリアがボクの言いたいことを全部言ってくれたしね。もう禍根はないものと思っているよ。だから、良いんだ」

「……ふん、本当に訳わかんねー奴らしかいねー」

「あ、マルファさんすごく嬉しい感じですか?」

「! う、うるせー! 全然嬉しくねーよ! こんなポンコツメイドと古魔具オタクのパーティーにいたって、少しも嬉しくないね!」


 マルファさんは笑顔・・でそう言いました。

 それを聞いたエイリスさんは口元を緩ませます。


「そうかい。ボクとしては、魔法オタクがいてくれた方が、古魔具の素晴らしさがより映えるから嬉しいよ」

「んだよそれ、喧嘩売ってんのか?」

「おやおや。そう聞こえてしまったのかい? それなら訂正させてもらおうかな。魔法は魔具の添え物として、最上級なんだから、これからも居てくれたまえということだよ」

「オーケーオーケー。訂正したのは喧嘩の売り値の方だったらしいな。それならわたしも適正価格で買い取るぜ」


 エイリスさんとマルファさんが無言で立ち上がろうとしています。一応ここ、馬車の中だというのをすっかり忘れているようです。

 ここで騒ぎを起こしてしまったら御者さんに多大な迷惑をかけてしまいます。

 それを阻止すべく、私は二人の肩に手を乗せました。


「二人とも、喧嘩は駄目って何回言ったら分かるんですか……?」

「うっ……す、すまなかったねアメリア」

「マルファさんに謝ってください」

「すまなかったマルファ」

「エイリスさんは良いです。それじゃ次はマルファさんがエイリスさんに謝ってください」

「……悪かったよ」

「はい、よろしいです! それじゃ二人とも仲直りの握手をしましょう!」


 私は二人の手を握らせました。これで一件落着です。最近、なんだか私の言うことを素直に聞いてくれるようになったのは気のせいでしょうか。

 きっと二人も喧嘩の虚しさについて気づき始めているということなんでしょうね。


「エイリス、分かってるな? アメリアは怒らせるなよ」

「分かっているとも。ここは一時休戦といこう」

「? 何の話ですか?」

「なんでもない。なぁエイリス?」

「も、もちろんだよ。アメリア、ボクたちはもう喧嘩はしないよ」

「もしまたやったら、今度は少しだけ怒りますからね」


 何故かエイリスさんとマルファさんの顔が真っ青になったような気がしました。

 目を擦ったあと、また見ると二人の顔色は戻っていました。あれは幻だったのでしょうか……?


「はぁ~……今さら身体が痛くなっちまったよ」

「相当ボロボロのようだね。どこか折れていそうなところはあるかい?」

「ないね。はぁー肉食って酒飲みてー」


 あれだけボロボロになっていたというのに、マルファさんは元気です。きっと言葉通り、冒険者ギルドに戻れば、お酒とお肉をたくさん食べて満足するんでしょうね。


「君はもう少し野菜を食べると良いよ。飲み物もお酒だけじゃなく、紅茶や水を飲んだ方が良い」

「やーだね。お前の食事を見ていると、どんどん健康になっちまうよ」

「それが良いんじゃないか。人間、健康第一だよ。そもそも、冒険者は身体が資本。冒険者をやりたいのなら、まずは健康に気を使わなければならないよ」

「母さんか! アメリア、助けてくれよー」


 そうは言われましても。

 私はお肉もお野菜も大好きですし、お酒は飲めるし、紅茶もお水も大好きです。どちらの言うことも分かる故に、なんと言葉をかけた方が良いのか……。

 うんうんと唸った末に、私はこう言いました。


「お酒もお肉も良いんです。ただバランスが大事なんですよ。栄養バランスの良い食事はどんなに豪華な食事にも勝ります。普段から栄養バランスを意識していかなければなりません。それはエイリスさんにも言えます。例えば――」

「もっと母さんがいた!! いや、もう良い! 喋んな! なんだか説教を思い出しちまうから止めてくれー!」


 小さな仲間割れが解消し、更に大きな絆が生まれた私達。

 私たちはまだ知りませんでした。

 このあと、真に絆が問われる状況になろうとは――。




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