最近、王都が騒がしいです。
知らない商人たちが出入りするようになったり、露店が増えたような気がします。何かお祭りの予定でもあるのでしょうか。
エイリスさんとマルファさんに質問をしようとして、今日は一人だということを思い出しました。
「そうでした……今日はそれぞれリフレッシュしようという話でしたね」
事の発端は今日の予定を確認するところからでした。
私は掃除道具やお料理道具を買いに行きたい。エイリスさんは掘り出し物が置いてある魔具商店を覗きに行きたい。マルファさんは図書館で魔法関係の書物を読みたい。完全にバラバラでした。
いつも一緒にいるだけが仲間じゃない。たまに一人の時間を作ることも大事だということで、決着がつきました。
そういうわけで、私は行きつけの雑貨屋さんに向かっていました。
そこに置いてあるお掃除道具が一番しっくりくるので、定期的に新作がないかをチェックするのです。
道中、どっちを向いても、活気に満ち溢れていました。
旅の芸人が芸を披露していたり、地方の珍しい料理を振る舞っていたり、良く分からない形状の小さな像を販売していたり。もしもお財布に沢山お金が入っていたら、きっと何時間でも遊べたでしょうね。
ですが、私は強い意志で周りを見ないようにします
なにせ、お金に余裕はありません。メイド時代に蓄えたお金があるとはいえ、無駄遣いはご法度です。
だから私は、必要最低限の物だけを買うのです。
そうしている間に、雑貨屋さんに辿り着きました。
店に入ると、いつもの店主さんが新聞を読んでいました。
「おーアメリアちゃんじゃないか。久しぶりだね」
「ご無沙汰しています!」
店主さんは私が新人だったときからの付き合いになります。店主さんは家事が好きなので、珍しい家事の道具があれば、すぐに仕入れてくれるのです。
私はそういう家事の道具を見るのが好きなので、ここはある種の遊園地だと認識しています。
「アメリアちゃんがいない間に色々と仕入れたんだ。ぜひとも見ていってくれよ」
「やったー! 新商品、すごく楽しみにしていました!」
そこから私は時間のことなど忘れて、ずっと家事の道具を見ていました。
単純に種類が多いので、使い勝手を想像しながら眺めていると、あっというまに時間が過ぎてしまいます。
例えば箒一つとっても、様々な形があります。長い柄だったり、短い柄、何を想定しているのかL字型の箒もありました。それだけではありません。中には箒型の魔具もあります。
「店主さん、これ魔具なんですか?」
「そうそう。これは微風を発生させる箒なんだよ」
「風、ですか? 何に使うんだろう……」
「例えば、うっかり水気がある場所を掃いた時に、濡れちゃうだろ? そういった時、すぐに乾燥させることが出来るんだ」
「すごいです! これがあればお掃除の幅が広がりそうですね……!」
「ははは、だろう? あとは魔具じゃないけど、ちょっと窮屈な所を掃くために、ぐにゃぐにゃに曲がる柄の箒とかも入荷したよ。見る?」
「見たいです!」
そんな調子で私はおよそ三時間ほど、その店に滞在していました。
もちろん良さそうな物は全て購入しています。店主さんが色々と割引をしてくれたおかげで、かなり出費が抑えられました。店主さん、本当にありがとうございます。
浮いたお金を使って、エイリスさんとマルファさんにお土産でも買っていこう。
そう決めた私は店を出て、再び賑やかな通りに戻ろうとします。
「止まれ、カサブレード使い」
背後から、声がしました。聞いたことのない、男の人の声です。
「振り返るな。振り返れば、即刻殺す」
私が振り向こうとしたら、さっきよりも強い声で、止められてしまいました。
冷静に思考を巡らせ、今の状況を整理します。
あの男の人は私のことを『カサブレード使い』と言いました。まずは勘違いということにして、この場を切り抜けられないか試してみます。
「何のことでしょうか? 私はそんな武器、知りません」
「……カサブレードは興味がなければ知ろうとすら思わない古魔具の類に入る。そんなカサブレード自体について聞かない所を見るに、やはりお前で正しいようだ」
はい、大失敗です。首でも傾げてきょとんとするのが正解のようでした。
男の人は話を続けます。
「そもそもしらばっくれようと思わない方が良い。先日、空き地でお前からカサブレードの気配がするのを確認済みだ」
「あのときの視線は貴方だったのですか!?」
先日、マルファさんが魔法の実演をしていた途中、謎の視線を感じていました。
まさかその張本人が現れるだなんて……!
「一度だけ言う。カサブレードを俺に渡せ」
「あげられるものならあげたいのですが、
「そうか。なら、ここで――」
戦闘開始を予感した私は、すぐにカサブレードを抜きました。
「――ちっ。鼻が利く」
「え?」
私が振り向いたときには、男の人は姿を消していました。とはいえ、隠れて不意討ちを狙っている可能性もあるので、念のためカサブレードを構え、周囲を見回します。
誰もいません。嫌な気配もありません。本当に私は男の人と喋っていたのかどうかも怪しいです。
「一体、何だったんでしょうか……?」
「おーいそこのメイドちゃん。ちょっと良いかしら?」
振り向くと、紫髪の女の人が笑顔で手を振りながら近づいてきました。
スーツ姿、肩に掛けられた上着。見るからに何か要職についていそうな女の人でした。
「私、ですか?」
「そうそう。君以外に誰がいるのよアッハッハ!」
「どうされました?」
「あーもしかしなくても警戒されているよね。ごめんごめん。私はディートファーレよ。君は?」
「アメリア・クライハーツです」
「アメリアね。よろしく。じゃ、これで顔見知りになったことだし、質問していいかしら?」
ディートファーレさんはキョロキョロしていました。
「この辺で怪しい人間に出会わなかったかしら? 最近、そういう目撃情報が多くてね」
「怪しい……」
たった今、そういう人と接触しました。正確には声だけ聞いただけですが。
その旨、ディートファーレさんに伝えた途端、私の肩を掴んできました。
「どこ!? どこに行った!?」
「ご、ごめんなさい……分かりません。私は背中を向けていたし、振り向いたときにはもういなかったんです」
「そう……か。あっ、ごめんね。急に肩掴んじゃって」
「いえ、お気になさらないでください。むしろ、お力になれなくてすいません」
「お気になさらないで、と言われてもねぇ。あ、そうだ」
指をパチンと鳴らしたディートファーレさんは私の肩に腕を回します。これはこれで怖いです。というか、お胸がその、肩に当たります。大きい……大きい……。
「お詫びに一杯紅茶をご馳走させてよ。私の行きつけの喫茶店があるの」
「うぇぇ!? い、良いですよ。本当に! 全然! 気にしていませんから!」
「ゴーゴー! ちょうど紅茶欲が高まっていたのもあるから、君こそ気にしないで! ついでにお茶の相手になって欲しいし」
それが本音なのでは……? 喉元まで上がってきた言葉を、静かに飲み干しました。
ディートファーレさんの行きつけの喫茶店はここから近いようです。歩けば歩くほど、人の気配がなくなっていくような感じがします。
いざとなったら逃げ出そう。そのつもりでディートファーレさんについていくと、とうとう店に着きました。
「さぁ、ここよ。入りましょう」
着いたお店はなんというか、良く言えば雰囲気があるお店でした。