私達は謎の男の人と接触した場所へやってきました。
今日は人気もあり、昨日のような静かさはありません。マルファさんとエイリスさんが注意深く辺りを見回している中、私は自分の手を見ていました。
カサブレード。
私は全然この剣のことを知りません。このおかげで窮地を乗り越えたことは何度かありますが、それだけです。
なんで皆がこの剣を欲しがるのか、全く分かりません。でも、これを持っている限り、悪い人がやってくるのだけは間違いなさそうです。
「当然といえば当然だけど、変なのはいないな」
「そうだね。とりあえずしばらくは二人以上で行動することにしようか。アメリア、それで良いかな?」
「二人にはご迷惑をおかけしてしまいますが、よろしくお願いします」
ある程度確認を終えたところで、私達はもう一つの目的である喫茶店に行くことにしました。
すると、後ろから聞き覚えのある声がしました。
「あら、アメリア。また会えるとは思っていたけど、もう会えたのね」
ディートファーレさんが笑顔で手を振っていました。
「げっ」
「げっ? どうしたんだエイリス?」
エイリスさんがさっとマルファさんの後ろに隠れてしまいました。突然の行動に、マルファさんも困惑です。
そうこうしているうちにディートファーレさんはどんどん私の方まで歩いてきます。
「ディートファーレさん! また会えて嬉しいです!」
その名を聞いたマルファさんが驚愕を隠しきれませんでした。
「でぃ、ディートファーレ!? サンドゥリス王国軍の軍団長がこんなところに!?」
すると、マルファさんが懐から紙とペンを取り出し、ディートファーレさんに差し出しました。
「あ、あの、その、わたし、マルファ・マックンリーという者でして、ディートファーレ軍団長の大ファンなんです。だからその~……」
「サインね。そんなのお安い御用よ!」
突然の申し出にも関わらず、ディートファーレさんは笑顔でサインを書きました。こなれたサインを見て、私は慣れているんだなと感じました。
とはいえ、どうして大ファンになったのか。マルファさんに聞いてみると、魔法を語るときの眼になりました。つまり、情熱的な話が予想されます。
「――ていうわけでさぁ! ディートファーレ軍団長はその卓越した魔法を駆使して、一瞬で鎮圧する姿にわたしは惚れたんだよ!」
「な、なるほど。だからマルファさんはディートファーレさんのファンなんですね」
「そんなに語ってくれて私も嬉しいわ。ところで……」
ディートファーレさんの視線がエイリスさんの方へ向けられます。
「そこの帽子を被った子は誰かしら? アメリアの友達なら名前を聞きたいところなんだけど……」
「ぼ、ボクは名乗るほどの者ではないさ」
「エイリスさん?」
エイリスさんの様子が明らかにおかしいです。かといって、怯えている訳でもなさそうです。これをあえて言葉にするのなら……
「エイリス……? ふーん、ちょっと帽子を取らせてもらって、お顔を拝見させていただこうかしら」
「いやぁ……あっはっはっは。お見せ出来る顔でもないので、お断り申し上げるよ」
「いやぁ、そんな遠慮なさらなくてもいいのでございますわよ?」
おかしな敬語とともに、ディートファーレさんはエイリスさんに顔を近づけました。
「あっ。――――知り合いに似ているかもと思っていたのだけど、全く知らない顔だったわね。ごめんなさいね。えっと、い……エイリス」
「その通り、エイリスという名です。先ほどの無礼は謝罪させていただきたい」
「いえいえ。私の方こそ、急に帽子を取ろうとしてしまってごめんなさい。
急にディートファーレさんとエイリスさんとの間に流れる空気が変わったような気がします。
メイドの必須スキルとして、相手の雰囲気を読むことも求められます。その日の体調によってお出しする食事内容も変わってくるからです。
その経験の上でお話をさせていただくと、二人は本当に知り合いなのではないか? という考えが湧いてきます。はい、何の根拠もないので、これ以上は考えることも出来ませんが、私は何となくそう思ってしまいました。
話を変えるために、私はディートファーレさんに質問しました。
「ところでディートファーレさんはどうしてここにいるんですか?」
「あぁ、マスターから紅茶を出せるくらいには手首が回復したと聞いてね。これから行こうと思ってたの。よかったら君達も来ない?」
私達は二つ返事で了承しました。
ちょうど目的地も同じだったので、断る理由がありません。
「オーケー。じゃあ私について来なさい」
再び私はあの喫茶店にやってきました。
入店するなり、マスターと目が合いました。私が会釈すると、マスターはにこりと笑って、会釈を返してくれました。
「アメリア、それにディートファーレ。今日は二人も新顔を連れてきてくれたんだね」
奥のテーブルに案内してくれた後、マスターはまた扉に掛けていた看板をひっくり返してくれました。
早速紅茶を頼んだ後、ディートファーレさんは口を開きました。
「仕事はサボってみるもんね。こうしてまたアメリアに会えたんだから」
「軍団長、ボクはこんな噂を聞いたことがあります」
「げっ」
エイリスさんは笑顔を浮かべているはずなのに、何故かめちゃくちゃ怖かったです。
「軍団長は時々仕事をサボっているという根も葉もない噂を聞いたことがあるんだ。ボクは当然、そんなことは無いと思っていたのだけど、どうやら違っていたようだね」
「そ、そんなことはないわ! サボってみるといったのは建前上の話ね。本当はパトロールをしていただけなのよ!」
「軍団長が自ら? 治安維持部隊を差し置いて? それはなんだか妙な話だよね」
私の目に、謎の攻防が飛び込んできました。
ディートファーレさんが必死な顔で言い訳をし、エイリスさんが笑顔でぐうの音も出ない正論をぶつけている。本来ならありえない構図のはずなのに、このしっくり来る感じはなんなんでしょうか。
同じことを思ったのか、マルファさんが私に顔を近づけてきます。
「なぁ、この二人どういう関係性なんだ? 明らかに初対面のやり取りじゃねーだろ」
「は、はい。私もそう思います」
攻防はディートファーレさんの負けの方向で収まりそうです。
「ということで軍団長は国民に顔向けが出来るような仕事をしないとだね」
「はい……仰るとおりでございます」
「よろしい。じゃあボクから言いたいことは以上だ。アメリア、マルファ、急に場を白けさせてしまってごめんね」
「白けたっていうか、あの古魔具オタクがディートファーレ軍団長に物申しているところにびっくりしていたよ。なぁ、アメリア」
「そうですね。なんというか、会話のテンポが馴染みすぎていて、今日出会った二人とは思えませんでした」
一瞬途切れた会話。その隙を縫うように、マスターが紅茶を持ってきてくれました。
流石はマスターです。会話の邪魔をしないタイミングを完璧に狙い撃ちです。
「たまたま波長が合ったのかな。軍団長とはどうにも話しやすくてね。さっ、ボクのことは一度置いておいて、紅茶を飲もうじゃないか」
私とマルファさんはいまいち納得しきれませんでした。しかし、美味しそうな香りの放つ紅茶の魅力には抗いきれません。
「あっ、美味しい」
ようやく飲めたマスターの紅茶。その味はとても優しくて、だけど力強い、マスターのような味でした。