紅茶も楽しんだ辺りで、ディートファーレさんがここに来た理由を話してくれました。
私と同じく、不審者のことが気になったようで、また来たようでした。
「何だか気になってね。エイリスの言う通り、治安維持部隊に対応させるのが筋なんだろうけどね」
「あのディートファーレ軍団長がそこまで気になる相手って誰なんですか?」
「んー? もしかしたらその相手、私の弟かもしれなくてね」
ディートファーレさんの弟。私は勉強不足故に、誰のことか分かりませんでしたが、マルファさんとエイリスさんは分かったようです。
「ディートファーレ軍団長の弟さんってなると、もしかしてフレデリック・スカイロード軍団長ですか?」
「せーかい。あの馬鹿弟、いったいどこに消えたのやら」
「フレデリック軍団長はしばらく前から行方不明となっている。軍団長自ら探しに出向いてくるということは、中々有益な情報でも入ったのかな?」
エイリスさんがカップの縁を指でなぞりながら言った言葉に、ディートファーレさんは頷きました。
どうやらフレデリックさんにそっくりな人が最近、王都内で行動しているようです。
そこで私は一つの疑問が浮かびました。
「そう言えば、前ディートファーレさんは怪しい人間を探している、と言っていましたよね? あれは弟さんのことを指していたのですか?」
「鋭いわねアメリア。そうよ、私の馬鹿弟フレデリックは今、王国軍内で指名手配犯となっているのよ」
「えぇっ!?」
「軍団長、それは言って良い情報なのかな? 少なくともボク達は一般人のはずだけど」
エイリスさんとディートファーレさんの視線がぶつかります。しかし、ディートファーレさんは否定も肯定もしません。
「私は馬鹿弟を探しているの。
「覚悟は決まっているようだね」
「えぇ、後で私に処罰を言い渡されても良い。けど、あの馬鹿弟を捕まえるまでは、このスタイルでやらせてもらうわ」
話が途切れた直後に、マルファさんが挙手しました。
「あの、ちなみにフレデリック軍団長は何をやったんですか? ここまで聞いちゃったのなら、教えてくれても良いんじゃないかなーって」
「それもそうね。あの馬鹿弟はある日突然、約五十名の部下に重傷を負わせて、城から姿を消したのよ」
「ごっ!? サンドゥリス王国軍の人間は精鋭揃いって聞いてますが、それを五十も……?」
一対五十。その数は私なんかでは想像することすら出来ません。ただ、そんな凄い人たちを倒しちゃうくらいなら、フレデリックさんは物凄く強いんですね。
確かに指名手配犯になってもおかしくはないくらいの罪だと思います。
「アメリア、マルファ、エイリス。万が一馬鹿弟に出くわしたら、迷わず逃げてね。逃げる者は追わないと思うけど、立ち向かう者には容赦しないから」
ディートファーレさんの忠告に、マルファさんは体を震わせます。
「確かフレデリック軍団長は王国史上最強の剣士でしたよね。おー怖い怖い」
「そういうことよ。だから絶対に戦おうとは思わないでね。今のあいつはなんだか様子がおかしい。殺人鬼を相手にするくらいの気持ちで良いと思うわ」
そろそろ会議の時間が近づいてきたということで、ディートファーレさんは喫茶店を後にしました。なんと私達の分まで払ってくれたとのことです。今度会ったらお礼を言わなければ……。
「謎の男とフレデリック軍団長、か。同一人物とは考えたくないが、もし万が一そうだとしたら、迷いなく逃げることにしよう」
「そっそうですね……カサブレードがあるとはいえ、私はただのメイドなので……」
「わたしはどこまで魔法が通じるか試してみたいけどな」
「マルファ、本当に死ぬ可能性があるから、それだけは強く止めておくよ」
「分かってるよもー。というか、エイリス。やっぱり私達に何か隠していることあるよな?」
ふいの質問に、エイリスさんの動きが止まりました。
「ディートファーレ軍団長とは親しい仲なのか? どう見ても、会話の距離感がおかしいって。前にも言ったかもだけど」
「……アメリアもそう思ったかい?」
「は、はいその……思いました」
質問だけは答えます。ですが、追求自体はしたくありません。エイリスさんはいつか話してくれる、そう思っているからです。
「……今のボクに言えることは、そう多くない。然るべきタイミングが来たら、必ずちゃんと話す。だから、今はそれで許して欲しい」
「まーそう返ってくるよな」
「マルファの質問に少しだけ答えるなら、イエスだ。ボクはディートファーレ軍団長のことは良く知っている」
「そっか。わーったよ。少しでも答える気があるんなら、わたしはもう何も言わねーよ」
「すまないマルファ、アメリア」
その後、紅茶を飲みきり、私達も店を後にしました。
一度冒険者ギルドで昼食を取ってから、何か依頼をこなすことにした私達。
冒険者ギルドにつくと、すぐに受付の方が私達を呼びました。
「こんにちは。アメリア・クライハーツさんで間違いないですね?」
「はい、その通りです。えっと、何か?」
「アメリアさん宛に依頼が届いているわよ。しかも名指し。冒険者になって、こんなに早く指名依頼が入るなんてやりますね! はい、どうぞ」
いつもの席で内容を確認するため、私は依頼書を読み上げました。
「これは掃除の依頼のようですね。どれどれ……〈マレーヴ大聖堂〉の汚れがひどく、目も当てられません。ぜひとも掃除をお願いしたいです……とのことです」
「見せてみ。ん? 依頼主の名前がないな。記入漏れか?」
「妙だね。マレーヴ大聖堂はそもそも老朽化が酷く、一度取り壊して新たな聖堂を建てる計画があるはずだ。掃除なんて必要なのかな?」
私達は同時に先日受けた依頼を思い出しました。そう、エンス・ヴィークタさんの依頼と似ているんです。
ですが、これは前回のように高額な依頼でもなく、場所を気にしなければありふれた依頼となっています。
当然、これを受けるか受けないかの話し合いが起きます。
ちなみに私はもう答えが出ています。
「受ける方向でいきたいです」
「奇遇だな、わたしもそー思ってたよ」
「ボクもだ」
「え!? 全員同じですか!?」
まさかの展開でした。きっとエイリスさんとマルファさんは受けない派だと思っていたので、説得に時間が掛かると覚悟していました。
「この依頼主はきっと、アメリアに接触した謎の男だと思う。そうじゃなきゃ駆け出し冒険者のアメリアへ指名依頼を出すなんて、考えられないよ」
「わたしも同意見。相手はなりふり構ってらんねーのか、それとも絶対受ける自信があるのかわかんねーけどな」
「き、危険な依頼になると思います。前のエンスさんのようなことになるかも」
エイリスさんはすぐに首を振りました。
「前回と今回じゃ大きな違いがあるよ。まずは全員冷静なこと、そして事前に準備が出来ることだ」
「確かにそうですけど……」
「なんかすぐに使えそうな安い魔具持っていこーぜ! 何かの足しになるかもしれないし」
「二人共、ありがとうございます。これなら私、勇気を出してこの依頼に臨めそうです」
この依頼を受ける。そして絶対、無事に帰って来る。
私達の気持ちは固まりました。