マレーヴ大聖堂は王都の隅にある聖堂です。マルファさんの言葉通り、簡単な造りの魔具を用意して、臨みます。
古くなっていてもなお、聖堂は荘厳な雰囲気を放っており、これを掃除できたら、どれだけ達成感を得られるのか。見ているだけで掃除欲が高まり、ヨダレが出そうになります。
しかし、今回は残念ながら、違いそうなのでヨダレを何とか鎮めます。
「私から行きますね」
大きな古ぼけた木製の扉を押し、私達は中に入りました。椅子は左右の隅っこに追いやられ、広い空間となっていました。周りを見てみますが、誰もいません。
一応呼びかけてみます。本当に掃除の依頼かもしれませんしね。ですが、返事は返ってきません。
「うーん? 誰もいねーのか? 外にいるとか?」
マルファさんが扉を開こうとしましたが、ビクともしません。マルファさんの表情が一変します。
「魔力……! 二人共、気をつけろ! これは空間遮断の魔法だ!」
「驚いた。すぐに分かる者がいたとはな」
物陰から、黒髪の男性が現れました。
マルファさんがその顔を見て、叫びます。
「フレデリック・スカイロードだ!」
「流石に知っているか」
フレデリック・スカイロードさん。ディートファーレさんの弟にして、王国最強の剣士……!
「貴方があの時、私に話しかけてきた人ですか!?」
「その通り。俺はずっとお前を見ていた。カサブレードに選ばれし者、太陽の魔神へのカウンターとなる存在」
フレデリックさんが左手を差し出します。
「俺の目的はただ一つ、カサブレードをもらい受けることだ。抵抗するならば殺さなくてはならない。懸命な判断を求める」
「フレデリック軍団長、あんなに人に慕われていた君がどうしてこんな真似をするんだ!?」
エイリスさんは少し帽子を深く被り直した後、フレデリックさんへ問いただしました。
ですが、フレデリックさんは鼻を鳴らします。
「どうやら俺の関係者か? 俺のことに詳しいようだが。帽子は取らないのか?」
「君に見せる顔はないね」
「そうか。それならそれでいい。俺の目的はカサブレードだけだ」
フレデリックさんが私を睨みます。
たったそれだけなのに、恐怖で足が震えてしまいます。声も出ず、呼吸もままなりません。眼は異様に乾き、思考が巡りません。
一睨みされただけで、こんなことになるなんて……。これがサンドゥリス王国軍の前軍団長……!
「俺の腕は知っているな。余計なことをせず、言うことを聞いた方が身のためだと思うがな」
私は無意識に口を返していました。
「嫌だ」
「何だと?」
「嫌です。いくら貴方が凄い人でも、いきなりカサブレードを渡せだなんて言われて、渡せません。軍団長なら、もっと手順を踏むべきだと思います!」
その瞬間、エイリスさんとマルファさんが私の前に出てきました。
「よく言ったねアメリア。君のお陰でボクも腹が決まったよ」
「エイリスの言うとおりだ。最強一人がなんだ。私達は三人だ。最強対最強三倍なら私達が勝つのは道理だよなぁ!」
「ふふ、そうですね。私達には皆の力があります。だから、フレデリックさんの思い通りにはいきませんよ!」
一瞬だけ、フレデリックさんは憐れんでいるような、残念そうな、そんな表情を浮かべました。ですが、すぐに顔つきが変わりました。
ただのメイドの私でも分かります。フレデリックさんも戦闘態勢に入ったのだと。
「改めて名乗ろう」
フレデリックさんの右手にどこからともなく現れた光が集まっていきます。これは、何だか見覚えがあるような。
そして光はどんどんとある形に変わっていきます。
「え!? あれって!」
「うそだろ……!?」
「なぜアレがもう一本!? ボクは知らないぞ……!」
光が消えた後、フレデリックさんの右手には傘に似た武器が収まっていました。
その瞬間、私の意志とは無関係にカサブレードが出現しました。互いが共鳴し合っています。どういう仕組みかは分かりませんが、やはりあれも――!
「俺はフレデリック・スカイロード。カサブレード使い、お前はここで死んでもらう」
「お前ら来るぞ!」
マルファさんが呼びかけたのとほぼ同時、フレデリックさんが三人の真ん中に入り込んでいました。
瞬きをした後、私達はそれぞれ壁に叩きつけられました。私は衝撃を受け流しきれず、壁から少し浮いてしまいました。
首に圧迫感を覚えます。フレデリックさんが私の首を掴んでいたのです。余りにも速すぎて、何が起こっているのか分かりませんでした。
「フレデリック軍団長、悪いがこれは正当防衛だからな!」
フレデリックさんの頭上に巨大な氷塊が落ちてきました。
「ちょ、マルファさん! これは死んじゃうんじゃ……!」
氷塊はフレデリックさんの脳天を捉えました。高さと重さで凶悪なハンマーと化した氷塊は真っ二つに割れ、地面に転がります。
私は一瞬だけ力が緩んだところを抜け出し、マルファさん達と合流します。
フレデリックさんの方を見ます。死んではいないものの、動けなくなってくれれば幸い。そう甘く考えていました。
「迷いのない良い攻撃だ。その度胸は王国軍でもやっていけるだろう」
無傷。頭から血の一滴も流れていません。
エイリスさんがすぐにフレデリックさんへ雷撃を浴びせます。
「マルファ! すぐに攻撃! アメリアは一旦見守っていて欲しい! フレデリック軍団長に近接戦は無謀だ!」
「今度は四分の三殺しは覚悟してもらおうか!」
マルファさんの背後の空間から魔法陣がいくつも現れ、そこから氷の
雷撃と氷撃を同時に浴びたフレデリックさんは僅かに後退します。防御するような素振りもなく、無防備に食らっていました。
「もう終わりで良いのか?」
しかし、フレデリックさんは膝をつくどころか、特にダメージを負った様子もなく、ゆっくりと前進してきます。