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第38話 エイリスの決断

 フレデリックさんが一歩でマルファさんの目の前で距離を詰めます。カサブレードを振り上げ、叩こうとしています。

 フレデリックさんの視線で何となく狙いが分かった私は、すぐに二人の間に入っていました。

 鈍い音。カサブレード同士がぶつかる音です。


「カサブレードの能力で身体能力が底上げされているとはいえ、大した根性だ」


 一度、二度、三度、四度――。フレデリックさんは何度もカサブレードを振るってきます。私はひたすら耐え続けました。

 この攻防で実力差ははっきり分かります。私が両手を握りしめて必死に耐えているのに、フレデリックさんはそこから一歩も動かず、片手でカサブレードを振り回していました。

 歩法もなく、剣術もなく、ただ片手で何となく振っているだけ。だけど、辛い。気力がなくなれば、一気に持っていかれる。

 これは戦いですらないな、というのが正直な感想でした。


「アメリアから離れろ!」


 フレデリックさんの背後にマルファさんが回り込みます。マルファさんの右手は氷で覆われており、鋭利な刃物のような形状となっていました。

 そして、マルファさんは迷いなくフレデリックさんの背中へ右手を突き出しました。


「――」


 氷の刃物はフレデリックさんの背中に突き刺さった――ように見えました。ですが、背中を刺された割に、大した出血はありません。

 マルファさんが右手を引き抜こうとしても、動かない様子でした。


「は!? なんで!?」

「己の筋肉を使って、刃を挟み込むだけだ。単純な防御方法だから覚えておけ」

「脳筋防御法なんて覚えてられっかよ!」

「マルファ! 魔法を解除するんだ! そうすれば拘束が解ける!」


 言われた通り魔法を解除すると、マルファさんは動けるようになったようで、すぐにその場から離脱しました。

 直後、エイリスさんから放たれた電撃がフレデリックさんを飲み込みます。


「今度はもっと魔力を込めた雷撃だ。少しは効いてくれると良いが……」

「三名の内、二名が遠距離魔法を使える、か。俺の防御魔法をいてくるとは思えんが、念には念をだな」


 フレデリックさんがエイリスさんの方へ走り出しました。

 対してエイリスさんは攻撃用魔具〈魔力剣〉を取り出し、迎え撃ちます。魔力の刃とカサブレードの剣身がぶつかります。ですが、一瞬で魔力剣が巻き上げられ、柄は空中を何度も回転します。


「うっ……!」

「エイリスさん!」


 エイリスさんのみぞおちにカサブレードの柄頭がめり込みます。何とか立っていようとしたエイリスさんですが、やがて力が尽き、倒れてしまいます。

 私はすぐにフレデリックさんの元へ駆け出しました。

 エイリスさんが近接戦は駄目だと言いましたが、そもそもこの戦い自体駄目なので、今更です。


「やぁぁ!」


 フレデリックさんの肩目掛けて、カサブレードを振り下ろしました。ゆっくりとフレデリックさんは振り返り、私のカサブレードを掴みます。

 しかし、カサブレードが発光すると、フレデリックさんは初めて苦痛の表情を浮かべました。


「掴むのは無理、か」


 フレデリックさんの視線は、煙をあげている自らの左手です。私が同じ場所を触ってもそんなことにはならないのに……。やはり、このカサブレードは私以外に持つことは出来ないようです。


「アメリア! ぼーっとしてんな!」


 マルファさんがタックルします。しかし、絶望的な体格差だったので、少しも動きません。

 フレデリックさんが自分のカサブレードを逆手に持ち、地面に突き刺しました。


 瞬間、爆風衝撃波が私達を襲います。


「きゃああ!」


 私達はまとめて聖堂の壁まで吹き飛ばされます。


「げほっ……もはや戦いじゃねえなこりゃ」

「マルファさん、エイリスさんを連れて何とか逃げ出せませんか?」


 私は覚悟を決めました。

 フレデリックさんの狙いは私です。なら、もう答えは決まっているじゃないですか。


「私が時間を稼ぎます。だから――」

「ばかやろー。そんな話ねえだろ」

「お願いします。私はカサブレードを持っていますし、フレデリックさんは恐らく二人を狙わないと思います」

「だからと言えだな……!」



「……いいや、逃げるのは二人だ」



 パリン、と鏡の割れるような音がしました。すると、出入り口の扉が開きました。

 次の瞬間、エイリスさんが私達を外に押し出しました。


「君達は何とか逃げてくれ」

「エイリスさん! ちょっと待ってください!」

「エイリス! 待てよエイリス! おい!」


 フレデリックさんの魔法の影響か、すぐに扉が閉じようとしています。今ならばまだ、エイリスさんが出られるかもしれません。

 呼びかけますが、エイリスさんは首を横に振りました。


「さっきみぞおちにイイのをもらってね。なんとか動いてはみたものの、結構限界のようだ」

「エイリスさん! エイリスさーん!」


 扉が閉じる瞬間、エイリスさんは笑顔を浮かべました。


「ありがとう二人共。もしも生きていたら、また会おう」



 そして、扉は閉じてしまいました。


「エイリスさぁーん!!!」


 私とマルファさんが扉をこじ開けようとカサブレードや魔法をぶつけてみますが、全く状況は変わりません。

 しばらく破壊を試みた後、扉に手応えを感じました。私が思い切りカサブレードで叩くと、ようやく扉は壊れ、中に入ることが出来ました。


「エイリス! おいエイリス! 返事をしろ!」


 中には誰もいませんでした。

 私達が呼びかけても返事がありません。


「あれは……」


 中央に何かが落ちていました。拾い上げてみたら、それはエイリスさんがいつも被っている帽子でした。

 やはりエイリスさんとフレデリックさんはさっきまでここにいたんです。ですが、何らかの手段で外に出たはずです。


「馬鹿野郎! エイリスの馬鹿野郎! カッコつけやがって! くそくそくそ! 馬鹿がぁー!」



 誰もいなくなったマレーヴ大聖堂で、マルファさんの声が虚しく響き渡りました。

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