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第39話 ヤバい状況になった

 私達はあの戦いの後、まずは傷の手当をするべく、宿屋へと向かいました。

 一部屋だけ借りて、それぞれ服を脱ぎ、傷の治療を開始します。斬られたりなどはしていませんが、打撲が多く、触るだけで痛いです。


「フレデリック軍団長、ありえねー強さだったな」


 自分の体に包帯を巻きながら、マルファさんはぼそりと言います。


「次元が違うって言葉はあの人のためにあるんだなと思いましたね」


 私はフレデリックさんが握っていたカサブレードに似た武器のことを思い浮かべます。

 カサブレードのようでカサブレードでない、だけどカサブレードの感覚がするあの妙な武器。私のカサブレードから伝わる力がぽわぁという柔らかい感覚だとするならば、フレデリックさんのカサブレードはチクチクとした鋭い感覚です。

 何度も言いますが、あれは戦闘ではありません。ただの蹂躙でした。

 私は考えの甘さを痛感させられます。あれだけディートファーレさんが忠告してくれたというのに……。


「おいアメリア」


 マルファさんがじっと見つめます。


「もしかして戦わなければ良かった、なんて考えてるんじゃねーだろうな?」

「え、だ……だって、それでエイリスさんが犠牲に……!」


 次の瞬間、マルファさんが近づいてきて、私の肩に手を置きました。


「私達は戦うことを選択したんだ。あの時、あの瞬間に。あれは私達が納得して出した結論だろうが。結果が良かろうが、悪かろうが、しっかり受け止めなきゃなんねーんだよ」


 いつものマルファさんなら、きっと怒っていたでしょう。だけど、マルファさんは激昂しませんでした。それどころか、私に活を入れようとしてくれています。

 だからこそ、私も首を縦に振りました。


「ごめんなさい、そしてありがとうございます。おかげで私、少し冷静になれました」

「ふん、分かりゃ良いんだよ。それよりも傷の手当をしながら作戦練るぞ。エイリスを助けるにも、あのフレデリック軍団長をどうにかしなきゃなんねー」

「でもエイリスさんは……」

「絶対に生きている」


 マルファさんは断言しました。

 私がその言葉を飲み込めずにいると、マルファさんは根拠を話してくれます。


「エイリスが死んだのなら、死体はあそこにあるはずだ。死体を持って帰る変態趣味があるんなら別だけどな。あると思うか?」

「な、ないと思います」

「だろ? そうなりゃこう考えられないか? 『エイリスに利用価値があるから、一旦身柄を押さえよう』ってな」

「なるほど……確かにそうかもしれません」


 マルファさんは非常に冷静でした。あの時にそこまで考えられていたなんて……。やはり私はまだまだです。

 ですが、エイリスさんが生きているのなら次の問題があります。

 エイリスさんは一体、どこに連れて行かれたのでしょうか。

 疑問を投げかけてみると、マルファさんは自信たっぷりに返してくれました。


「知らん」

「えぇ……」

「わかんねーよ。だって痕跡も何もないんだぜ? もしかしたらまだ王都内にいるのかもしれないし、国外に行っている可能性だってあるんだ」


 つまり、どん詰まりになってしまいました。

 傷の手当でこの沈黙を誤魔化していると、マルファさんがぽつりと言いました。


「少しでも手がかりになりそうなことねーかなぁ」


 その声は弱々しく、いつもの感じではありませんでした。

 私はふと思いついたことがあり、カサブレードを出現させます。


「どうしたんだカサブレードなんて出して」

「あの時、私のカサブレードがフレデリックさんのカサブレードに反応していたような気がするんです」

「そうなのか!? ならもしかしたら場所を割り出せるのかもしれない」

「そんなことが出来るんですか?」

「あぁ、探査魔法のような使い方だ。あー、えーっとつまり、そのカサブレードを使って、反応が強い方向にエイリスがいるってことだよ」

「! さ、早速やってみます!」


 私は目をつむり、カサブレードに意識を集中させます。カサブレードの使い方はいまいち分かっていませんが、こういうときは直感です。

 まずは私のカサブレードの気配を感じます。暖かくて、ぽわっとした感覚です。そのまま私はその場でゆっくり回ってみます。回ってみましたが、良く分かりません。

 あの時に感じたカサブレードの気配は冷たくて鋭いものでした。僅かな変化でも見逃さないように、私は神経を研ぎ澄ませます。


「お願い……エイリスさんを助けたいんです。だから――!」


 私の思いに応えてくれたのか、カサブレードが強く光りました。

 その直後に一瞬、冷感・・がありました。私は回転を逆にし、感覚があった方を割り出します。

 私は目を開き、気配のした方角へカサブレードを向けました。


「この方角からフレデリックさんのカサブレードの気配を感じました」

「よっしゃ! よくやったぞ! じゃあすぐに準備して行くか!」



「駄目よ。それは許可できないわ」



 コンコンとノック音がした後、すぐに扉が開かれました。

 そこにはディートファーレさんが立っていました。


「ディートファーレさん!? どうしてここに!?」

「マレーヴ大聖堂が壊されているって通報があってね。聞き込みをしていたら貴方達の特徴に一致したから、宿を調べて来たってわけ」


 ディートファーレさんの纏う空気がいつもと違っていました。冷たい雰囲気です。


「簡単に事情聴取をしようと思って扉の前まで来た時に、フレデリックの名前が聞こえてね。思わず無作法をしてしまったわ」

「ごめんなさいディートファーレさん。マレーヴ大聖堂であった出来事を話します。良いですよね、マルファさん」

「この国の軍団長相手に隠し事なんて出来ねーっての」


 私達はフレデリックさんの一件を話しました。

 空き地で感じた謎の視線はやはりフレデリックさんだったこと、罠だと知りながら呼び出しに応じたこと、そして、惨敗したこと。

 その話を黙って聞いていたディートファーレさんは一つだけ質問をしました。


「さっきから姿を見ないエイリスはどこに行ったのかしら?」


 ディートファーレさんの声がどこか強張っているような感じがしました。


「私達を助けるためにフレデリックさんと二人きりになった後、行方不明になってしまいました」

「そうなのね。……アメリア、悪いけど紅茶を淹れてくれないかしら? 濃いめで」

「? は、はい。今すぐに」


 言われるがまま紅茶を淹れ、ディートファーレさんに差し出しました。

 するとディートファーレさんはカップをグイと傾け、一気に飲み干します。


「っふぅ~! やっぱりアメリアの紅茶は美味しいわね。こんなヤバい状況でも私の心に余裕をもたらしてくれるわ」

「ヤバい……そうですよね、フレデリックさんに負けたどころか、エイリスさんも連れ去られてしまったんですから」

「とりあえず笑いましょう。アーハッハッハッハ!」


 それはそれはとても愉快そうにディートファーレさんが笑いました。

 私達は全く笑えずにいたところで、ディートファーレさんはようやく落ち着きを取り戻します。


「ごめんね。変だったでしょ。でも無理矢理にでも笑ったら、少しだけ楽観的になれたので良し」


 ディートファーレさんは深呼吸をした後、笑顔でこう言いました。


「ヤバい状況っていうのはね、フレデリックとかそういうことじゃなくて、この国がヤバい状況になったって意味よ」


 私は言葉の意味が分からず、固まってしまいました。

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