私達はあの戦いの後、まずは傷の手当をするべく、宿屋へと向かいました。
一部屋だけ借りて、それぞれ服を脱ぎ、傷の治療を開始します。斬られたりなどはしていませんが、打撲が多く、触るだけで痛いです。
「フレデリック軍団長、ありえねー強さだったな」
自分の体に包帯を巻きながら、マルファさんはぼそりと言います。
「次元が違うって言葉はあの人のためにあるんだなと思いましたね」
私はフレデリックさんが握っていたカサブレードに似た武器のことを思い浮かべます。
カサブレードのようでカサブレードでない、だけどカサブレードの感覚がするあの妙な武器。私のカサブレードから伝わる力がぽわぁという柔らかい感覚だとするならば、フレデリックさんのカサブレードはチクチクとした鋭い感覚です。
何度も言いますが、あれは戦闘ではありません。ただの蹂躙でした。
私は考えの甘さを痛感させられます。あれだけディートファーレさんが忠告してくれたというのに……。
「おいアメリア」
マルファさんがじっと見つめます。
「もしかして戦わなければ良かった、なんて考えてるんじゃねーだろうな?」
「え、だ……だって、それでエイリスさんが犠牲に……!」
次の瞬間、マルファさんが近づいてきて、私の肩に手を置きました。
「私達は戦うことを選択したんだ。あの時、あの瞬間に。あれは私達が納得して出した結論だろうが。結果が良かろうが、悪かろうが、しっかり受け止めなきゃなんねーんだよ」
いつものマルファさんなら、きっと怒っていたでしょう。だけど、マルファさんは激昂しませんでした。それどころか、私に活を入れようとしてくれています。
だからこそ、私も首を縦に振りました。
「ごめんなさい、そしてありがとうございます。おかげで私、少し冷静になれました」
「ふん、分かりゃ良いんだよ。それよりも傷の手当をしながら作戦練るぞ。エイリスを助けるにも、あのフレデリック軍団長をどうにかしなきゃなんねー」
「でもエイリスさんは……」
「絶対に生きている」
マルファさんは断言しました。
私がその言葉を飲み込めずにいると、マルファさんは根拠を話してくれます。
「エイリスが死んだのなら、死体はあそこにあるはずだ。死体を持って帰る変態趣味があるんなら別だけどな。あると思うか?」
「な、ないと思います」
「だろ? そうなりゃこう考えられないか? 『エイリスに利用価値があるから、一旦身柄を押さえよう』ってな」
「なるほど……確かにそうかもしれません」
マルファさんは非常に冷静でした。あの時にそこまで考えられていたなんて……。やはり私はまだまだです。
ですが、エイリスさんが生きているのなら次の問題があります。
エイリスさんは一体、どこに連れて行かれたのでしょうか。
疑問を投げかけてみると、マルファさんは自信たっぷりに返してくれました。
「知らん」
「えぇ……」
「わかんねーよ。だって痕跡も何もないんだぜ? もしかしたらまだ王都内にいるのかもしれないし、国外に行っている可能性だってあるんだ」
つまり、どん詰まりになってしまいました。
傷の手当でこの沈黙を誤魔化していると、マルファさんがぽつりと言いました。
「少しでも手がかりになりそうなことねーかなぁ」
その声は弱々しく、いつもの感じではありませんでした。
私はふと思いついたことがあり、カサブレードを出現させます。
「どうしたんだカサブレードなんて出して」
「あの時、私のカサブレードがフレデリックさんのカサブレードに反応していたような気がするんです」
「そうなのか!? ならもしかしたら場所を割り出せるのかもしれない」
「そんなことが出来るんですか?」
「あぁ、探査魔法のような使い方だ。あー、えーっとつまり、そのカサブレードを使って、反応が強い方向にエイリスがいるってことだよ」
「! さ、早速やってみます!」
私は目をつむり、カサブレードに意識を集中させます。カサブレードの使い方はいまいち分かっていませんが、こういうときは直感です。
まずは私のカサブレードの気配を感じます。暖かくて、ぽわっとした感覚です。そのまま私はその場でゆっくり回ってみます。回ってみましたが、良く分かりません。
あの時に感じたカサブレードの気配は冷たくて鋭いものでした。僅かな変化でも見逃さないように、私は神経を研ぎ澄ませます。
「お願い……エイリスさんを助けたいんです。だから――!」
私の思いに応えてくれたのか、カサブレードが強く光りました。
その直後に一瞬、
私は目を開き、気配のした方角へカサブレードを向けました。
「この方角からフレデリックさんのカサブレードの気配を感じました」
「よっしゃ! よくやったぞ! じゃあすぐに準備して行くか!」
「駄目よ。それは許可できないわ」
コンコンとノック音がした後、すぐに扉が開かれました。
そこにはディートファーレさんが立っていました。
「ディートファーレさん!? どうしてここに!?」
「マレーヴ大聖堂が壊されているって通報があってね。聞き込みをしていたら貴方達の特徴に一致したから、宿を調べて来たってわけ」
ディートファーレさんの纏う空気がいつもと違っていました。冷たい雰囲気です。
「簡単に事情聴取をしようと思って扉の前まで来た時に、フレデリックの名前が聞こえてね。思わず無作法をしてしまったわ」
「ごめんなさいディートファーレさん。マレーヴ大聖堂であった出来事を話します。良いですよね、マルファさん」
「この国の軍団長相手に隠し事なんて出来ねーっての」
私達はフレデリックさんの一件を話しました。
空き地で感じた謎の視線はやはりフレデリックさんだったこと、罠だと知りながら呼び出しに応じたこと、そして、惨敗したこと。
その話を黙って聞いていたディートファーレさんは一つだけ質問をしました。
「さっきから姿を見ないエイリスはどこに行ったのかしら?」
ディートファーレさんの声がどこか強張っているような感じがしました。
「私達を助けるためにフレデリックさんと二人きりになった後、行方不明になってしまいました」
「そうなのね。……アメリア、悪いけど紅茶を淹れてくれないかしら? 濃いめで」
「? は、はい。今すぐに」
言われるがまま紅茶を淹れ、ディートファーレさんに差し出しました。
するとディートファーレさんはカップをグイと傾け、一気に飲み干します。
「っふぅ~! やっぱりアメリアの紅茶は美味しいわね。こんなヤバい状況でも私の心に余裕をもたらしてくれるわ」
「ヤバい……そうですよね、フレデリックさんに負けたどころか、エイリスさんも連れ去られてしまったんですから」
「とりあえず笑いましょう。アーハッハッハッハ!」
それはそれはとても愉快そうにディートファーレさんが笑いました。
私達は全く笑えずにいたところで、ディートファーレさんはようやく落ち着きを取り戻します。
「ごめんね。変だったでしょ。でも無理矢理にでも笑ったら、少しだけ楽観的になれたので良し」
ディートファーレさんは深呼吸をした後、笑顔でこう言いました。
「ヤバい状況っていうのはね、フレデリックとかそういうことじゃなくて、この国がヤバい状況になったって意味よ」
私は言葉の意味が分からず、固まってしまいました。