「あの、この国がってどういうことですか?」
私はもちろん、マルファさんも良く意味が分かっていないようでした。
ディートファーレさんは一度私達に座るように言いました。そして、扉に防音の魔法を行使します。これから話す内容がそれほどのことなのだと、私達は背筋が伸びました。
更にこう念押しします。
「これからする話はこの国にとって、最高機密の情報よ。君達に話すのは、エイリスが君達のことを信頼しているから。私はエイリスが信頼している君達を信頼する。これだけは覚えておいてね」
「分かりました。わたし達は絶対に話しません。だよな、アメリア」
「はい! もちろんです!」
「ありがとう。そうね、どこから話そうかしら。どういう切り口が一番インパクト大きいかなぁ……」
その時のディートファーレさんの表情はまるでいたずらっ子のようでした。
顔に出してしまったのか、ディートファーレさんは私の方を向きます。
「安心してアメリア。別にふざけているわけじゃないから。というかここまで来たら、逆に騒いだほうが終わりだから、少しでも遊び心を入れたくてね」
「ごめんなさい……思っていることを顔に出すなんて、メイド失格です」
「良いのよ良いのよ。気にしない。あ、そうだ。じゃあ手始めに聞くけど、二人はうちの国の第一王女の名前言える?」
私は即答しました。
「イーリス・アル・サンドゥリス様ですよね? ですが、あまりお身体の具合がよろしくなく、療養中だとお聞きしておりますが……」
「そうそう正解。でもその情報は嘘情報よ」
「は?」
ディートファーレさんの前では礼儀正しくしていたマルファさんが少しだけ素になりました。
「だってその王女様、古魔具を集めたい気持ちが強すぎて変装して城を抜け出すようになっちゃってね。それで不穏分子に狙われないよう、嘘の情報を流すことにしたのよ」
「……え?」
いる。私達のパーティーにそういう人が、いる。
古魔具が大好きすぎて自分を古魔具オタクと呼んでいるあの人。出会ったときから謎の高貴さを醸し出しているあの人。
いくらポンコツメイドの私でも、この話の流れから誰のことを指しているのかピンと来ます。
「も、もしかして……」
「貴方達のパーティーにいるエイリス。あの子の本当の名前は、イーリス・アル・サンドゥリス。我が国の第一王女よ」
あまりにも情報量が大きすぎて、私達はしばらく飲み込むのに時間を要しました。
「え、エイリスさんがイーリス様……」
「道理でディートファーレ軍団長とあんなに話せるわけだよな」
「あの子には悪いことをしているわね。……きっと本来、この情報はあの子自身の口から聞くのが筋なんでしょうけどね」
「じゃあヤバい状況っていうのは……」
「本当にその通りの状況よ。事実だけを挙げるなら、第一王女誘拐、犯人は私の弟なんだから」
事実の重さに私はつい頭を抱えそうになってしまいました。
これが他の誰かに知られたら、国がひっくり返るような事実です。当然、私なんかがすぐに思いつくようなことは、ディートファーレさんも考えていたようです。
「これが公になったら、もうもみ消せなくなるから困るのよね」
「もみ消す気だったんすか……」
とうとうマルファさんの口調が素に戻りました。とはいえ、流石に敬語は残っていました。
「私が軍団長であるからこそ、出来る技よ。フレデリックの件は情報統制をしているし、イーリス様の件はここにいる私達しか知らない」
ディートファーレさんが頭を下げました。
「ということで個人的な依頼よ。フレデリックをボコして、イーリス様を連れて帰ってきてくれないかしら」
「そんなの当たり前です。ディートファーレさんからの依頼がなくても、私達は行くつもりでした」
「つーか、行かない選択肢なんて最初からないっすよ」
「ありがとう二人共。本来なら私も行くべきなんだけど、確実に目立つことになるわ。だからギリギリまで手は出せないの」
「目立ったらどうなるんですか?」
「いい質問ねアメリア。これがバレたら、フレデリックは恐らく死罪になる。馬鹿な弟だけど、それは避けたいのよ」
この国の第一王女誘拐は当然ですが、国への反逆を意味しています。死罪は免れないでしょう。
そこでマルファさんは疑問を投げかけます。
「もしわたしらがしくじって死んだら、どうなるんですか?」
「私が責任を持ってフレデリックを殺すわ。そして私も死ぬ。それだけよ」
「でぃ、ディートファーレさんもですか!?」
「そうよ? 本来なら早急に国全体で対応しなきゃならない問題なのに、こうして貴方達に頼むのよ? もし貴方達に何かあったら、命で責任を取るわ」
負けられない戦いが、更に負けられない戦いになりました。
私達はフレデリックさんに勝つことができるのでしょうか……?
「二人共、そう不安そうな顔をしないで。一応私は勝算があるから、頼んでるんだし」
「勝算、ですか?」
「アメリアの持っているカサブレードよ」
私はその言葉に引っ張られ、カサブレードを出現させます。
ディートファーレさんはカサブレードを指差しました。
「そのカサブレードは伝説の聖剣。様々な形に変わり、様々な状況に対応できる力を持つと聞いたわ。アメリアはその状態にしか出来ないの?」
「は、はい。不甲斐ないです……」
「じゃあ土壇場で奇跡を信じるしかないわね。フレデリックはまだその形態しか知らない。だから別の形態になれるのなら、隙を突けるかもしれない」
「私に出来るのでしょうか……?」
「出来なきゃ死ぬわよ。頑張りなさい」
「ひぇぇ……」
マルファさんが私の背中を叩きました。
そして、簡単に諦めるなというありがたい言葉をかけてもらいました。それで少しだけ前向きな気持ちになれた私は、改めて決意を口にします。
「ディートファーレさん! 私、どうにかしてカサブレードの力を使ってみたいと思います!」
「いい心がけよ。死ぬ気でやりなさい。でももし死んだら、私も死んであげるから気楽にね」
「気楽になれませんよー!」
「随分と楽しそうだな」
次の瞬間、私達の前に半透明のフレデリックさんが現れました。