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第41話 決戦前夜

 室内に緊張が走りました。私達の前に、フレデリックさんが再び現れました。

 ですが、半透明です。


「やぁ我が弟。随分と世間様に迷惑を掛けているじゃない」

「世界を壊すという迷惑を掛けようとしている。些末なことだ」


 次の瞬間、マルファさんがフレデリックさんの後ろに回り込み、攻撃用魔具〈魔力ナイフ〉を突き立てようとしました。ですが、マルファさんはフレデリックさんをすり抜け、そのまま床に転んでしまいます。

 フレデリックさんは反撃をすることもなく、じろりとマルファさんを見るだけです。


「攻撃は無駄だ。これは思念通信の魔法だからな」

「ちくしょう……先に言えよ」

「エイリスさんは無事なんですか!?」

「無事じゃないと言ったらどうするんだ?」

「絶対に許しません! 私達が貴方を倒します!」


 フレデリックさんは私の言葉に怒ることも、笑うこともしませんでした。完全なる無です。

 ディートファーレさんは立ち上がり、フレデリックさんの目の前に立ちます。


「一応言っておいてあげる。今の貴方、国家反逆者よ。やっていることの意味、分かっているわよね?」

「当然だ。たまたま残っていた者を連れてきたら、それがイーリス王女だったことには流石に驚いたがな」

「貴方が叩きのめした部下たちは全員生きているわ。罪は償ってもらうけど、まだどうにか内輪で留めておける。けど、そのうえでイーリス様を誘拐したとなれば、もうかばい立ては出来ないのよ」

「俺の目的はカサブレードの破壊だ。それ以上でもそれ以下でもない」


 その瞬間、ディートファーレさんの目つきが変わりました。



「貴様、誰? 私の知っているフレデリックはただの剣馬鹿よ。暇があれば剣を振っているようなおかしな人間なの。何かを破壊するとか、そんな暇なこと考える奴じゃない」



「カサブレード使い、そして俺にナイフを振るった女」


 フレデリックさんはディートファーレさんの質問に答えず、私の方を向いてきます。


「明日、旧サンドゥリス王国軍訓練場へ来い。そこに俺とイーリス王女はいる。場所は我が姉に聞け」

「私達が行くまで、エイリスさんには指一本触れないでくださいね!」

「約束しよう。ただし、姉が何もしなければの話だが」

「安心しなさい。ちょうどアメリア達に丸投げしたところなの。だけど覚えておきなさい」


 ディートファーレさんは絶対零度の瞳で、はっきりと言いました。


「最終的には私が出る。そして貴方を殺して、私も死ぬから」

「……覚えておこう」


 半透明だったフレデリックさんの姿がどんどん消えかかっていきます。


「カサブレード使い」

「……なんですか?」

「お前はカサブレードに選ばれただけだ。まだ何も力を引き出していない。力を解放しなければ、結果は同じだぞ」


 そう言い残し、フレデリックさんは完全に姿を消しました。

 その時の私は、フレデリックさんに何も言い返すことが出来ませんでした。


「魔力の逆探知、成功。本当に旧訓練場にいるのね」


 ディートファーレさんの左手に球体が浮かんでいました。球体の一部が小さく光っています。

 その魔法を見て、マルファさんが驚きの言葉を口にします。


「す、すげぇ。いつの間に逆探知の魔法を……!? しかも大した時間もなかったのに」

「慣れよ。少しでも魔法を長く維持してくれるなら、条件反射で逆探知の魔法を使うことにしているの。もし使えるなら、参考にしてみて」

「はい! 参考にします!」


 逆探知の魔法、これはマルファさんから聞いたことがあります。確か相手の魔法に対し、魔力の供給源を探る魔法です。ですが集中力を要する魔法で、逆探知には時間が掛かってしまいます。ですが、ディートファーレさんくらいの熟練者になると、僅かな時間で供給源を突き止めることが出来るようです。

 この逆探知の魔法によって、フレデリックさんの言葉に嘘はないと裏付けを取ることが出来ました。

 あとは約束の時間に、私達が出向くだけです。


「二人共、明日は死闘になるわ。十分身体を休めてちょうだいね」

「分かりました」

「あぁそうだ。アメリアにはこれをあげるわ」


 ディートファーレさんから受け取った本のタイトルは『カサブレードの勇者物語』でした。パラパラとめくってみると、挿絵が多い小説のようです。


「イーリス様のお気に入りの本よ。何かのヒントになるかと思って、持ってきちゃった。貴方に預けるから、目を通してみて」



 ◆ ◆ ◆



 その日の夜、私はディートファーレさんから預かった本を開きました。

 挿絵の多い小説、という最初の印象通りでした。カサブレードに選ばれた勇者様が世界各地を冒険するお話のようです。

 カサブレードは基本剣として使っていたようですが、何やら投げ縄のように使ったり、盾のように使ったり、巨大な大砲のように使ったりと、この本の中の勇者様はカサブレードの力を全て引き出しているように見えました。

 もしもこれが本当のことだとして。私はまだまだカサブレードのカの字も使いこなせていないのだなと思いました。

 私はベッドに転がり、カサブレードを出現させます。


「……どこからどう見ても、傘ですよね」


 傘の形をした聖剣、カサブレード。太陽の魔神に対するカウンターと呼ばれるこの古魔具について、私はやっぱり分かりません。

 ですが、良く分からないこのカサブレードの力を引き出せなければ、私達の命はないということだけは理解しています。


 一体明日はどうなるのでしょうか。

 怖くないといったら嘘になります。そりゃあ怖いですよ。私とマルファさんだけであんな強敵に挑むなんて……。

 もしもエイリスさんがこの場にいてくれたら、いったいどんなアドバイスをくれたのか。


「エイリスさん、大丈夫かな」


 エイリスさん――イーリス様と呼んだ方が良いのでしょうか。あれから当然ですが、エイリスさんの声を聞いていません。

 いつも自信満々で、古魔具が大好きで、だけど私達のことをいつも思ってくれていて。

 そんなエイリスさんが私達を助けてくれた。

 自分がいなくなれば、国の存続にも関わるかもしれない。それでも助けてくれました。


「――絶対に助けます」



 だから今度は、私達がエイリスさんを助ける番なんだ。

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