朝が来ました。
睡眠はしっかりと取り、朝食も食べました。
「よし、行くぞアメリア。とりあえずフレデリック軍団長の顔面に何か入れてやることを目標にするぞ」
「最終的に倒すことを考えたら、随分と気の遠くなる一歩ですね……」
「ばーか。一歩でも踏み出せなきゃ、そのゴールに近づくことなんて永遠にないだろ」
「た、確かにそれもそうですね。分かりました、まずはフレデリックさんの顔面にカサブレードを叩きつけます」
軽口もそこそこに、身なりを整え、私達はいよいよ宿から出ます。
「はぁい。見送りに来たわよ」
宿から出てすぐのところに、ディートファーレさんが立っていました。
今日で運命が決まるというのに、ディートファーレさんはいつものディートファーレさんでした。
「あらアメリア、もしかして緊張感ねぇなこいつ~とか思ってる?」
「! ち、違いますよ! 大きな間違いです! 私達だけならともかく、ディートファーレさんの今後にも大きく関わってくるのに、どっしりとしているなぁって」
「あぁ、そういうこと。そりゃあどっしりするわよ。軍人なんて職業、いつ死ぬか分からないしね。だから私、定期的に遺言状を作り直しているのよ?」
「覚悟が決まりすぎている……」
常在戦場とはまさにこのことなのでしょうか。少なくとも私は定期的に遺言状を作り直すようなことはしていませんし、出来ないでしょう。
「ディートファーレ軍団長、わたしとアメリアをわざわざ見送りに来たってことは何か手土産でもあるんですか?」
マルファさんはすっかり隠すことなく、素を出しています。
対するディートファーレさんは特にそれを気にすることもなく、懐から小型の筒を取り出しました。
「これあげる」
「……んん? なんですかこれ? なんかすげー魔力感じるんですけど」
「これは一回限りの大砲って認識でいいわよ。その筒を相手に向けて、魔力を少し込めてやれば、私の魔力砲撃が出るわ」
「はぁ!? 超危険物じゃないですか!? これ、人に向けて大丈夫なやつなんですか!?」
マルファさんがこれだけ言うということは、本当に危ないやつなのでしょう。正直、私はよく分かっていません。なんだか凄い力を放つ小筒という印象しかありません。
「大丈夫じゃないわよ。フレデリックに合わせた威力なんだから、一般人に向けたら大怪我じゃ済まないかもね」
「それだけのことをしなければならない相手なんですね……」
「そう、アメリアの言う通りよ。相手を人間と思ってたら駄目。戦ってみて分かったと思うけど、フレデリックは貴方達が殺す気で戦って、ようやく勝負の土台に乗れると思った方が良いわ」
「……肝に銘じます」
「オーケー。それじゃあ健闘を祈るわ。三人で帰ってこられることを祈っているわ」
◆ ◆ ◆
ディートファーレさんに見送られ、私達は目的地である旧サンドゥリス王国軍訓練場へと向かいました。
訓練場まではディートファーレさんが用意した馬車で送ってもらえるので、楽ちんです。体力が温存できるのは大きいです。
道中、マルファさんと雑談をしていました。ですが、ふいにマルファさんの表情が真剣になります。
「エイリスが王女だったって聞いて、どう思った?」
「え、特には。そうだったんですねぇくらいでした」
「はぁ?」
最初から気品を放っていたので、私は特に驚きませんでした。むしろ今まで無礼な態度を取っていたんじゃないか心配なくらいです。
でも、こんなことを考えられるのも、エイリスさんがエイリスさんだからです。もしも違う人なら、今こんな気持ちにはなっていないでしょう。
その辺りをマルファさんにすると、笑われました。せっかく真剣に返したのに失礼です。
「いや、悪い悪い。や、そうだよな。そんなもんだってなるよな」
「マルファさんは違うんですか?」
「最初は驚いて距離感に悩んだけどな。でも、そんなこと、ちっぽけなことだったわ」
「詳しく聞いてもいいですか?」
「正体を知られたくないなら、ずっと一人でいるべきなんだ。誰かが近くにいればそれだけバレるリスク上がるしな」
「それは……そのとおりですね」
「でもあいつはわたし達と一緒にいてくれたんだ。バレるリスクがあるにも関わらずな。それが答えなんだとわたしは思っている」
エイリスさんは、正体がバレることよりも、私達と一緒にいることを選んでくれたのです。
思えば、エイリスさんは何度か打ち明けようと悩んでいるような場面がありました。色々と葛藤があったに違いありません。
私達もエイリスさんに対する答えは決まっていました。
「エイリスさんはエイリスさんですよね」
「当たり前だろ。三人一緒に帰ってこられたら、からかってやろうぜ」
「あははは! エイリスさん、怒りそうですね」
馬車が止まりました。
いよいよ決戦の地に着いたことを意味しています。
私達が降りると、馬車はすぐに去っていきました。
旧サンドゥリス王国軍訓練場。入り組んだ岩道を進めば、天然の岩壁に囲まれた訓練場があるとのことです。
そしてここが、私達にとっての激戦地となります。
「アメリア、もうカサブレード出しとけ」
いつどこから襲ってくるか分からないので、戦闘準備を済ませます。
すると、前方から人影が見えました。
「待っていたぞ」
フレデリックさんです。カサブレードを握りしめたフレデリックさんが、私達の前に現れました。
私達が武器を構えると、フレデリックさんは左手で制しました。
「待て。場所を変えるぞ」
くるりと背を向け、フレデリックさんは歩き出します。
しばらく歩いたところで、フレデリックさんは一度立ち止まり、振り返ります。
「なんで立ったままなんだ。ついてこい。あぁ、武器は出したままでいい」
「あの!」
「イーリス王女の安否が気になるなら、黙って来い。ここは目立つ」
私の質問を遮り、フレデリックさんは左手をクイクイと動かします。
エイリスさんの名前を出されたからには、言う通りにするしかありません。私達はフレデリックさんに従いました。
しばらく歩いていると、広い場所に出ました。事前情報の通り、大きな岩がぐるりと広場を囲い、天然の訓練場となっていました。
「アメリア! マルファ!」
私達を呼ぶその声を、聞き間違えるはずがありません。