奥の岩にエイリスさんが座っていました。
こんな時に思うことではないと思うのですが、私は初めてエイリスさんが帽子を取った姿を見ました。
長い銀髪が風に揺れており、よくあの帽子の中に入っていたなと思ってしまいます。
「アメリア、マルファ」
エイリスさんの声を聞いた瞬間、私は目の奥と胸が熱くなりました。
生きていました。エイリスさんは生きていてくれたんです!
「エイリスさん! 良かった……本当に良かった!」
「ふん! てっきりフレデリックにやられたと思っていたら、案外元気そうじゃねーか!」
「二人共、何とか生きていてくれてありがとう。君達の姿を見て、安心したよ」
エイリスさんは身体をロープで縛られているようでした。ですが、それ以外はなんともなさそうです。
無事を確認し終えたくらいのタイミングで、フレデリックさんがエイリスさんに近づきます。
「カサブレード使いは逃げずに来た。もう用済みだ」
そして、フレデリックさんはエイリスさんに向けて、カサブレードを振るいました。
一瞬の出来事に、私達は動けずにいました。次の瞬間、エイリスさんの足元に
「行け」
「……良いのかい?」
「用済みだと言った。貴方の役目は終わったのだ」
「ではお言葉に甘えることにしよう」
エイリスさんが私達のもとに駆け寄ってきました。
「や、ただいま。と言いたいところだけど、まずは目の前の壁を乗り越えてからにしようか」
「はい!」
ようやく三人揃いました。ですが、安心してはいられません。
エイリスさんの言う通り、フレデリックさんはいまだに私達の前に立ちはだかっているのですから。
「カサブレード使い。最後通告だ、カサブレードを渡せ」
「嫌です。確かにカサブレードはいつか手放すつもりですよ。ですが、それは貴方によってではありません」
「しかと聞き届けた。ならば、奪うまでだ」
フレデリックさんはカサブレードを構え、向かってきました。
私達はアイコンタクトを交わし、それぞれ得意な距離へ動きます。
「やぁ!」
まずは私が突撃します。怖いですが、私がフレデリックさんを釘付けにしなければ、二人が攻撃できません。
カサブレード同士がぶつかります。鈍い音が一度。私とフレデリックさんの足元にクレーターが出来ました。
なんで、と私は驚きました。この前のぶつかり合いではあっけなく飛ばされていたというのに、今は踏ん張ることが出来ています。
フレデリックさんも同じことを思っていたのか、一瞬だけ目が大きく開かれました。
「カサブレードとの同調率が上がっているのか。身体能力の底上げが更にされているな」
「きゃっ!」
フレデリックさんの腕がブレたかと思えば、私の視界が九十度傾きました。フレデリックさんの武器さばきにより、私の体勢が崩されたのです。
そのまま私の脇腹にフレデリックさんのカサブレードが叩きつけられます。
浮遊感。そして私は宙を舞いました。
直後、雷の矢と氷の槍がフレデリックさんに突き刺さります。
エイリスさんとマルファさんが同時に魔法を放ったのです。
「少しだけ効いたぞ」
ですが、フレデリックさんはゆっくりと歩みを進めます。同時に私はまたフレデリックさんに突撃しました。
大上段に構えたカサブレードを一気に振り下ろします。対するフレデリックさんは片手でカサブレードを構え、防ぎます。
その隙にマルファさんとエイリスさんがフレデリックさんの背後を取りました。
「……ほう」
フレデリックさんが動こうとしたので、私はカサブレードを握る手に力を込め、その場に釘付けにします。
エイリスさんとマルファさんの手にはそれぞれ魔力剣と魔力ナイフが握られていました。二人はフレデリックさんの背中を斬りつけました。
「背中へ殺意マシマシ斬り! 少しは効いたか!」
「油断するなマルファ!」
「カサブレード使いにしてやられたな。この傷は甘んじて受けよう。だが!」
フレデリックさんが二人を蹴り飛ばしました。そして二人が地面に倒れる前に、フレデリックさんが接近し、それぞれにカサブレードを叩きつけました。
「ぐぁ!」
「っ!」
「エイリスさん! マルファさん!」
二人の胸が上下しています。死んでいなかったことに安堵します。
ですが、フレデリックさんが倒れている二人に対し、追撃をしようとしています。
そんなのは駄目です。私はフレデリックさんの前に飛び出し、カサブレードを真横に振り抜きました。
必死だったせいもあってか、初めて攻撃の手応えを感じます。
フレデリックさんを見ると、僅かに後ろに押すことが出来ていました。一瞬とは言え、力勝ちが出来たという事実は私に力をくれます。
フレデリックさんと対峙している間に、エイリスさんとマルファさんが起き上がり、戦闘に復帰します。
「ったぁ……やっぱり強いな」
「そうだね。このままじゃまたボク達の負けになるだろうね」
「そんなのは嫌です。もう私はフレデリックさんに負けたくありません。必ず倒します」
「え? アメリア?」
「アメリア、お前そんなに血の気多かったのか?」
そこで私はようやく、口にした発言に違和感を覚えました。
カサブレードを握っていると、身体から力が湧いてきます。今の私なら少しは戦えるという謎の自信も溢れ出してくるのです。
ですが、今日はいつも以上に高ぶっている感覚がありました。心臓が高鳴り、興奮しています。
今の私なら、カサブレードの力をもっと引き出せるような……!
「アメリア」
思考がカサブレードのことでいっぱいになろうとしたその時、エイリスさんが私の肩に手を置きました。
「落ち着いて欲しい。アメリアは今、冷静じゃないよ」
「わ、私は冷静です。ちゃんとフレデリックさんを倒してみせます」
「興奮しているだけじゃフレデリック軍団長は倒せないよ。熱い刃を振り回すだけじゃ駄目なんだ。冷たい細剣で確実に突き倒す。それがボク達のできることだ」
私達が話している間、フレデリックさんは動きません。まだまだ余裕が見えます。
「作戦を考えた。みんな耳を貸してくれ」
エイリスさんが短く、だけど分かりやすく作戦を説明してくれます。
もしも成功すれば、今の私達ができる最大の攻撃となるでしょう。
「俺を倒す作戦はまとまったか?」
フレデリックさんがいよいよ動き出します。
「あぁ、まとまったさ。せいぜいボク達の力を低く見積もると良い。その差額はきっちりと払ってもらうからね!」
エイリスさんが雷矢の魔法を放ったのと同時に、私達は動き出しました。