王都の宿に帰宅した私達は全員ベッドに潜り込んでいました。
色々と話さなければならないことがあるのですが、まずは疲れを取ってからということになりました。
ベッドに転がったときにはもう、眠りに落ちていました。あまりにも疲れすぎていたからなのでしょうか。
私は真っ白い世界にいました。
夢のようなものでしょうか。どこを見ても真っ白です。
ですが、私はこの世界に見覚えがありました。いや、正確に今、思い出しました。ギラーボアを倒しに行った先の宿で眠った時にもこの世界を見ていたのです。
「誰かいませんかー!?」
無駄とは分かっていながらも、叫んでみました。ですが、私の声が返ってきません。狭い空間じゃないんだろうな、という情報しか得られませんでした。
前回の夢ならば、この辺りで光の球が私の前に現れたはずです。
そう思った瞬間、前方の空間が熱くなっていきます。
私は無意識に、これは前兆なのだなと感じていました。
あの光球は自分のことをこう名乗っていたはずです――。
『久しいなカサブレードの使い手よ。我を刻み込んでいるか? 偉大なる太陽にして絶対の存在、太陽の魔神ルーラー・オブ・ソルの名を』
太陽の魔神、と。
私は反射的にカサブレードを出そうとしましたが、現れてくれませんでした。
『無駄だ。ここは貴様の精神世界。いくらカサブレードとはいえ、ここまで来られるものか』
「貴方は何の目的で、私の世界に入って来たんですか?」
『そう警戒するな。我を傷つけたカサブレードの使い手がどれほどの存在か観察しているだけだ。今はまだ、直接の干渉はしないでおいている』
まだ、というのが非常に引っかかります。しかし、太陽の魔神のペースに巻き込まれないよう、ここは沈黙を選択しました。
光球はふよふよと私の周囲を回ります。
『正直、今回のカサブレードの選定には驚きを禁じ得ない。どこからどう見ても、貴様はただの人間だ。何の特殊能力もなければ、人を超えた魔力量を持っているわけでもない。何故だ? 何故、我を傷つけたカサブレードはお前のような人間を選んだのだ?』
「そんなの分かりません。カサブレードが間違えたんじゃないんですか」
『ふむ。そういう考えも出来る、か。ならばお前が死ねば、カサブレードが本来の使い手の元へ戻るということか』
「知りませんけどね。というか、私は死にたくないので、それが叶うことはありませんよ」
『ただの人間かと思えば、大層な口をきく。震え上がることを許そう』
「生憎ですが、先輩のシゴキに比べたら、十分耐えられますよ」
ほんの少しの虚勢を張っています。でもメイド時代の先輩がめちゃくちゃ恐ろしかったのは本当です。あれは死ぬかと思いました。
私は自分で冷静だなと感じていました。太陽の魔神の言葉を鵜呑みにするのなら、ここが私の精神世界だからでしょうか。
まるで自分の部屋でくつろいでいるようにリラックス出来ています。
『ふん、我のカサブレードを打ち破っただけはある』
「我のカサブレード……フレデリックさんのカサブレードのことですか!?」
『然り。我の知っているカサブレードの情報を具現化した存在、もう一つのカサブレード。〈カサブレード・アナザー〉とでも言うべき存在だ』
「もしかしてアレのせいでフレデリックさんが変な行動をしたのですか!?」
『知らぬなァ。あの
私は思わず光球をビンタしていました。ですが、物質ではなかったのか、私のビンタは虚しく空を切りました。
きっと私は、光球をすごい表情で睨んでいたことでしょう。
「貴方のせいで危うくフレデリックさんが死罪になるところだったんですよ!? それにディートファーレさんにも迷惑を……! 許せません!」
『ならば我が直接、精神干渉でもしてやれば良かったな。そうすれば今頃、殺戮が快楽の人形が出来ていただろうな』
「そんなこと、もっと駄目です!」
そこで我に返った私は、自分の頬を叩きました。いけません。感情が高ぶっていました。太陽の魔神が何を企んでいるのか分かりませんが、私を怒らせることが目的だとするのなら、危うく策にハマるところでした。
私は一度深呼吸をし、太陽の魔神に向き直ります。
「貴方の目的はよく分かりました。ですが、カサブレードがなくなったら貴方をどうにかすることが出来なくなるので、渡すことも壊すこともしません。それが私の答えです」
もしかしたら私がカサブレードを手放せるときが来るのかもしれません。ですが、それは今日でもないし、太陽の魔神によるものでもありません。
私は。私の納得した手放し方をします。
決意を新たにすると、この世界が揺れました。光球は焦りを口にします。
『ぬぅ……! この力はカサブレード……! おのれカサブレード! この精神世界にも干渉しうるのか!』
光球が徐々に消えていきます。
『忘れるなよ、カサブレード使い。我はお前を消し、カサブレードを破壊する。その時は我が陽光で世界を燃やし尽くしてやる』
私の視界がどんどん白くなっていき、気づけば私は飛び起きていました。
「はぁ……! はぁ……!」
「アメリア、どうしたんだい? すごい汗だよ」
そう言うと、エイリスさんが水の入ったコップを差し出してくれました。それを一気に飲み干します。冷たい水が私の喉をきゅーっと締め付けたあと、潤いをもたらしてくれました。
「すげー汗。炎天下の中にいたのか、ってくらい汗びっしょりだな」
「炎天下……。そうだ、私は……」
今度は夢の内容をちゃんと覚えていました。
私は二人に今の出来事を話しました。
太陽の魔神ルーラー・オブ・ソルが私の精神世界にやってきた、なんて突然言われて困惑しないだろうか。そう思っていましたが、二人の反応を見て、それが杞憂だったことを感じます。
「太陽の魔神……カサブレードがあるのなら実在もするということなのか」
「おとぎ話の存在だと思ってたのになぁ」
フレデリックさんや太陽の化身の一件もあり、二人はすんなり受け入れてくれました。