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第48話 お帰りなさい

 太陽の魔神の話をした後、私達はお互いに向き合っていました。

 皆、休息を取り、気持ちの整理がついたため、話し合いの時間を設けることにしました。

 エイリスさんが帽子のツバに指をかけ、もじもじとしています。


「この帽子の意味もなくなったから、これから帽子を取って話をしようと思う」

「? 取ればいいじゃん。なんで緊張してるんだ?」


 マルファさんが当然と言えば当然の返答をしました。帽子を取るだけだというのに、何だか酷く緊張した面持ちです。


「それは……そうなんだけど」

「というか、なんならフレデリック軍団長と戦った時、帽子取れていただろ」

「あれは非常事態だったから、エイリスとして全力で戦ったんだよ」

「ますます分かんねぇ……。とりあえず取るなら、早く取れよ」

「分かった。ただ、これだけは約束してほしいんだけど」

「なんだよ」

「笑わないでくれよ」


 そう言い、エイリスさんは帽子を取りました。中から美しい銀の長髪が溢れ落ちます。手入れの行き届いた髪です。この質を維持するために、どれだけの努力が積み重ねられて来たのでしょうか……!

 私が感動していると、とうとうエイリスさんが口を開きます。



「改めて名乗らせていただきます。わたくしはイーリス・アル・サンドゥリス。この国の第一王女となります」



 私と、そしてマルファさんもきっと同じことを思っていたでしょう。

 この人、誰? と。

 エイリスさんの顔のはずなのに、口調が丁寧すぎます。いや、王女様だからそれは当たり前なのかもしれませんが! きっと私達の頭が混乱しているのでしょう。


「……えっと、何かリアクションを頂きたいのですが……。何だか怖いです」

「や、エイリスの口調があんまりにも違いすぎるっていうか……。あっ、やべぇ。王女だったわ」

「そうですよマルファさん! エイリスさんは王女なんですよ!?」

「あの、そんなかしこまらないでも……。今まで通りでいてくれたら嬉しいです」


 エイリスさんがもじもじしています。いつもの凛々しさというか少年のような振る舞いはありません。

 儚げで、少女らしい振る舞いが印象的です。というより、何だか小動物を見ているような、そんな雰囲気が感じられます。


「あの、何か質問がありましたらどうぞ。何でも答えるつもりです」

「じゃあ、はい」

「はい、マルファ」

「調子狂うなぁ……。ま、良いや。お前が古魔具オタクなのは本当なのか?」

「それはもちろんです。古魔具が大好きなので、エイリスとして城を抜け出すくらいには」

「そっちはポーズであってほしかったな……。アメリアはなんか無いのか?」

「私ですか?」


 急に質問と言われても、何を聞けば良いのか分かりません。えーと、好きな食べ物? 好きな家具? 好みの掃除道具は? 調理器具のこだわりはありますか?

 違う、これを聞くのは何だか違う気がします。ただ私が喜ぶだけの質問です。

 ぐだぐだと悩んでいる間も、エイリスさんは微笑みながら、待ってくれています。


「大丈夫ですよアメリア。ゆっくり考えてください」

「あ、一つ思いつきました」

「どうぞ?」


 私は笑顔で問いかけました。



「なんでエイリスさんの時は、あんなにかっこいい感じで振る舞っているんですか?」

「うぅ!」



 突然エイリスさんが小さく悲鳴をあげ、胸を押さえました。どうしたものかと驚いていると、エイリスさんは引きつった笑顔を浮かべます。


「あ、あああああ、あのあの、エイリスのときのことはあまり触れないでいただけると……!」

「あぁ、カッコつけている自覚はあるのか」

「まままま、マルファ! なんでそんなことを言うのですか!?」

「まさかの図星だった」

「図星じゃありません! あれはわたくしの中でスタイリッシュかつクールな振る舞いを演じていただけです! 決してあの帽子を被れば、気持ちが大きくなって、ノリノリになっているわけではありませんから!」


 エイリスさんは顔を真っ赤にし、畳み掛けるように口を動かします。よほどマルファさんの言葉が効いたのだな、と感じます。

 対するマルファさんはエイリスさんを指差し、半笑いを私に向けてきます。


「アメリア、聞いたか? これがいわゆる、語るに落ちるってやつだ」

「マルファさん……あんまりエイリスさんをいじめないほうが……」

「聞いてくださいっ」

「カッコつけていることの何を聞くんだよ。イケてるポーズの取り方とか教えてくれるのか?」

「マルファさん! それ以上はいけません! エイリスさんが本気で怒りますよ!」

「もう本気の怒りが僅かに滲み出ております!」


 そこからの私達は、第三者から見れば、非常にやかましかったことでしょう。

 ずっとマルファさんが弄り倒し、エイリスさんが怒り、私が仲裁に入っていたのですから。時間が経ち、それぞれが疲れを見せた辺りで、私は改めて質問しました。


「なんでエイリスさんは私達と行動を共にしてくれたのですか? 私達にいつバレてもおかしくなくて、それが原因で危険が降りかかるかもしれないのに」


 エイリスさんはしばしの沈黙の後、ゆっくりと考えを言葉にしてくれました。


「アメリアの言うとおりです。わたくしもずっと一人で行動するつもりでした」

「もしかしてカサブレードがあるからですか?」

「そのとおりです。最初はそれだけの気持ちでした。あ、でも、あわよくばカサブレードをわたくしがもらい受ける未来はまだ捨てておりません」

「す、凄まじい執念だった……」

「ですが、アメリアとマルファとの生活はとても楽しくて、いつの間にかわたくしはイーリスでいることよりも、エイリスとしている時間の方が長くなりました」


 どこか申し訳無さそうに、どこか楽しそうに、エイリスさんは話し続けます。


「だからわたくしは二人に感謝しているのです。その、二人がもし許してくれるのなら、わたくしはこれからもエイリスとして二人と行動を共にしたいです」

「……」

「……」


 私とマルファさんは顔を見合わせます。最初は無表情で。だけど、だんだん表情が綻びます。


「マルファさん、どうします?」

「さーてな。……ただ、あのカッコつけた古魔具オタクがいなくなるのは、なんか収まりが悪いよな」

「ふふ、そうですね!」


 エイリスさんは私達が何を言いたいのか分かっていないようで、きょとんとしていました。

 だから私達は教えてあげるのです。貴方がここにいても良いということを。


「貴方はイーリス王女です。この国の第一王女様で、本来私達は会うこともできない御方です」

「そう、ですね。ということはやはりパーティーには……」

「ですが」


 私はエイリスさんの言葉に被せます。


「私達にとって貴方はエイリスさんですよ。かっこよくて、凛々しくて、時々……いや、かなり古魔具のことになると暴走してしまうエイリスさんなんです」

「! それじゃあ……!」

「お帰りなさい、エイリスさん!」

「これからもせいぜい古魔具のことでドン引かせてくれよなー」


 すると、エイリスさんは瞳から涙がポロポロと溢れます。止めようとしても、止まらず、やがて両手で顔を隠しました。


「ありがとう……! ありがとうございます、二人共……!」



 イーリス王女改め、エイリスさんの帰還です!

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