ディートファーレさんが連れてきてくれたのは地下の階層でした。
目的地は地下階層の部屋のようです。目的の扉の前まで来たディートファーレさんは、懐から鍵を取り出します。
「さ、誰かに見られる前に入って入って」
「? はい、分かりました」
促されるまま入室をしました。ディートファーレさんが最後に入ると、内側から鍵を掛けました。これで誰も入ってこられません。
ここまで厳重にする理由が分かりません。部屋に灯りがつくと、私達はその理由が分かりました。
「ふ、フレデリックさん……!?」
なんと部屋の中央にはフレデリックさんが座っていました。後ろ手に手錠がされています。
しかしフレデリックさんは目を瞑ったままで、微動だにしません。
「し……死んでいる?」
「違うわね。寝てるのよ、アレ」
そう言いながら、ディートファーレさんがフレデリックさんに近づきます。
「おーい起きろ」
「……何の用だろうか」
「お客さんを連れてきたわよ。貴方のよーく知っている子達よ」
フレデリックさんは静かに目を開き、私達の姿を確認します。すると、無表情から、どこか懐かしそうな表情に変わりました。
「カサブレード使い、また会うことになるとはな」
「えと、その、お久しぶりです?」
「後ろにいるのはイーリス王女に金髪の少女か」
エイリスさんはディートファーレさんに事情を尋ねました。これはエイリスさんも知らないことのようです。
「とりあえずの措置よ。またいつ暴れ出すか分からなかったし、完全に元に戻ったことを確認するまではああして拘束していたのよ」
「あの、ディートファーレさん。フレデリックさんは……」
「分かっているわよ。アメリアの話を聞いた限り、太陽の魔神が精神干渉をしていたのよね」
「太陽の魔神、か。それではやはりあの時……」
フレデリックさんがうつむき、何かブツブツと呟いています。
「もしかして私達をフレデリックさんに会わせたのって……」
「そう。フレデリックがおかしくなった原因に何か心当たりがないか、本人に直接喋ってもらおうと思ったのよ」
「なるほどな。だが、俺もその辺りの記憶が曖昧だ。役に立たなくても文句は言うなよ」
「お願いします」
フレデリックさんは太陽の魔神から精神干渉を受けた日のことを話してくれました。
その日はサンドゥリス王国が指名手配をしている男を追っていたようです。その人はかなり強力な魔法を操り、優秀な軍人を何人も返り討ちにしたという超危険人物。これ以上犠牲者を増やすわけにはいかないということで、フレデリックさんが自ら討伐に向かいました。
その方を見つけ、戦闘に入ろうとした瞬間、どこからともなく声が聞こえたそうです。
――なるほど。良き道具になれそうだ。この男なら我が創りしカサブレード・アナザーを使うに値するだろう。
その瞬間、太陽の光を感じたようです。暖かく、だけど不気味な熱さが内包された陽の光。
「そこからの俺は言葉で言い表すのが難しい状態になっていた。自分の体のはずなのに、どこか俺の意識は外にあるような感覚。剣を振っているときもそうだ。間違いなく俺自身が剣を振っているはずなのに、どこかそれが他人の行動のように思えていたんだ」
「私達と戦っている時もですか?」
「あぁ、戦うわけにはいかないのに、何故か無意識に戦っていたんだ。身体のコントロールが取られているような、そんな感じだ」
話を聞いていたエイリスさんが考え込むように目を細めています。
「太陽の魔神の精神干渉はフレデリック軍団長レベルの人間でさえ支配下におけてしまうんだね」
「全ては修行不足から起きた結果だ、それに関しては弁解の余地もない。ただ、それでも重傷になるような攻撃は、一瞬だけだがコントロールを取り返し、威力を抑えることだけはしていたがな」
「今のボクの発言を訂正しよう。一瞬だけとはいえ、そんな精神干渉に抗えたのは流石フレデリック軍団長だね」
すると、マルファさんが顔を引き攣らせます。
「ということはわたしら、ギリギリのところで手加減されていたってことか。……普通に戦っていたら、わたしらさっくり殺られていたな」
「マルファさん、目を背けていたのに、はっきりと事実を言わないでください」
死ぬ思いで戦っていたフレデリックさんが、実は全力ではなかったという事実に、私は震えが止まりません。
流石に実力で勝利したとは自惚れてはいませんが、それでもあの勝利は、ただの偶然が積み重なっただけの奇跡の勝利だということを改めて認識させられました。
「あの時、カサブレードから放たれた砲撃。あの光を浴びた俺はそこでようやく、意識と肉体を取り戻せたんだ」
するとフレデリックさんは頭を下げました。
「改めて礼を言う。俺を止めてくれてありがとう」
「そっそんなフレデリックさん、顔を上げてくださいよ!」
「カサブレード使い、お前の名を改めて聞かせてほしい」
「アメリア・クライハーツです」
「そこの金髪の少女は?」
「わたしはマルファ・マックンリーだけど」
「アメリア、イーリス王女、マルファ。お前たちがいなければ、俺はもっと多くの人を傷つけていただろう。それは、俺にとっては何よりの罪だ」
私はフレデリックさんのことがよく分からずにいました。ですが、今ようやく分かりました。
フレデリックさんはどこまでも強くて、真剣で、真面目な方なんです。
こんなに良い人を平気で操る太陽の魔神……やっぱり許せません。
「それでフレデリック。太陽の魔神がこれから何をしようかとかはわからないの?」
「不明だ。ただ目的ははっきりしている。カサブレードの破壊だ」
そこで私は今更な質問をしてみることにしました。
「あの、そもそもカサブレードって壊せるんですか?」
「さあな。俺よりもイーリス王女に聞いたほうが確実だろう。……ただ、門外漢の俺が言えることとしては一つだ」
フレデリックさんの声が重く、そして力強く響きます。
「太陽の魔神の炎と光をもってすれば、不可能ではないんだろうな」
操られていたが故の説得力でしょうか。暑くもないのに、私は汗が吹き出していました。