「はぁ~うめぇ~。焼きたてのパンは太陽の恵みだよな~」
「……」
「なぁ、お前もそう思うだろ?」
「まぁ、そう思います」
「ハッハッハ。やっぱりそうだよなぁ~小麦は太陽がもたらした奇跡の穀物だ」
私とサンハイルさんはパン屋さんに来ていました。買ったパンをすぐ食べられるように小さなスペースが用意されており、私達はそこで何故かパンを食べていました。
ちなみにパンはサンハイルさんの奢りです。いや、なんで奢ってもらっているんでしょうね、私。
「ここは焼きたてのパンを出すことにこだわっていてな。小麦の魅力を最大限に引き出そうと努力している店だ」
「確かにもっちりとしていて、素材の甘味が感じられますけど」
「その通り。もしも世界を破壊する際は、ここの店は見逃してやるつもりだ」
「その前に、まず世界を破壊しようとしないでください」
私は再びサンハイルさんに太陽の魔神との関係を聞いてみることにしました。
するとサンハイルさんはあっさりと答えてくれました。
「俺は太陽の魔神の仲間か、という質問だが、それにはイエスと答えよう。ただし、正確には同盟者という立場だけどな」
「どういうことですか? 仲間ではないんですか?」
「太陽の魔神は使えそうな奴には精神干渉を行い、自分の意のままに操ることが出来る。まずそれは知っていたか?」
「まぁ、はい」
知っているどころか、フレデリックさんという実例を見ています。
そういうことならば、サンハイルさんも太陽の魔神から精神干渉をされているのでしょうか。
「ちなみに俺もそのクチだった」
「だった? 過去形なんですね」
「あぁ、俺と太陽の魔神はどうも魂というか存在の波長が似ているらしい。だから俺はこれが精神干渉だと知りながらも受け入れ、太陽の魔神とも対話することも出来た」
「そんな人が……」
「存在するのだよ。俺が奴の復活に協力する代わりに、奴は俺に力を与えた」
パンを飲み込んだサンハイルさんは私を指さしました。
「当然俺にもカサブレードを破壊するよう命令されている。なにせ、それは太陽の魔神にとって、絶対的なカウンターとなるモノだからな」
ならば、私は聞かなければなりません。
だって、それならもうその役目は終わっていたようなものではないですか。先ほど、私の顔面を潰せば、それで終わりだったはずです。
「あぁ、そういうことか。簡単な話だ。そのカサブレードはまだ力の全てを解放していない。だから急いで対処しなくても良いなと思っただけだ」
「い、今のうちに私を消しておいたら楽になるんじゃないんですか?」
「それもある。だが、カサブレードの持ち主が死んだら、カサブレードは次の持ち主を選びに行く。もし次の持ち主がカサブレードの力を引き出せる奴なら? そう思ったら、今のままにしておいたほうが対処も楽だろうさ」
要は、いつでも簡単に殺せるから大丈夫ということですね。
完全に舐められています。ですが、あれだけの力の差を見せつけられてしまえば、声を荒げることも出来ません。
「だが、俺は応援しているぜ。お前が力をつけることにな」
「貴方にとって、良いことなんて一つもないのでは?」
「ある」
サンハイルさんが満面の笑みを浮かべます。
「俺は絶望を自分の手でぶち壊したいんだよ。太陽の魔神の力を持つ俺にとっても、カサブレードは危険な代物だ。そんな奴がよ、力をつけて俺を倒しに来るんだぜ? やべーじゃん? 俺は倒されるのか? 嫌だね、俺はそんな絶対絶命の状況を自らの手で打破してみたい。だからお前は力をつけろ」
そう言うと、サンハイルさんは立ち上がり、店の扉に手をかけます。
「そうだお前、名前は?」
「教えたくありません」
「パン奢ったんだから、名前くらい良いだろ」
「……アメリア・クライハーツです」
「いい名前だな。じゃあなアメリア、今度戦う時はもうちょい強くなってろよ。あー店員さん、ごちそうさま。うまかったよ」
最後に気持ちの良い挨拶を述べ、サンハイルさんは去っていきました。
追いかける気はありませんでした。どうせもう完全に姿を消していることでしょう。
「私、あんなにあっさり負けちゃったんだな」
一人になって、ようやく完全敗北の実感が湧いてきました。
身震いしました。おそらくサンハイルさんがその気なら、私は今こうしてパンを食べていません。
「太陽の化身を一人で倒せた、なんて自惚れも良いところでした」
私は自分の頬を叩きました。痛みが私に活力を与えてくれます。
「ずっと強くなりましょう。もうこんな気持ちにならなくても良いように」
◆ ◆ ◆
冒険者ギルドの一角で、マルファさんが驚きの声をあげます。
「はぁ!? あの不審者にあっただぁ!? しかもそいつの正体が太陽の魔神の同盟者だぁ!?」
マルファさんが驚いています。そして、当然とばかりに怒られてしまいます。どうしてすぐに逃げなかったのか、と。
経緯を話し終えると、エイリスさんが信じられないものを見たかのような表情になっていました。
「殺されかけて……パンを奢ってもらった……? 正直、理解が追いついていないよ。いや、それよりも」
エイリスさんが私に頭を下げてきました。もちろんすぐに頭を上げさせました。
「すまなかった。いくらカサブレードを持っているとはいえ、君をそんな危険な目に遭わせてしまっただなんて……」
「い、良いんですよ! 私がもっと強くなればいいだけの話なんですから!」
その件については、すでに整理がついていたので、私はもう気にしていません。
あとは行動あるのみなのですから。
「おーやる気満々じゃねえの。今日は天気もいいしな、やる気も上がるってもんだよな」
いつの間にか、サンハイルさんが私達のテーブルに座っていました。
「こいつ――!」
「アメリア、マルファ、下が――」
「しーっ。騒ぐな。いくら冒険者ギルドだって、騒いだら迷惑だろうが」
サンハイルさんはいつの間にか頼んでいた酒の入ったジョッキを傾けます。
「ぷはーっ、うめぇ。おいお前ら飲まねえのか? 俺が奢ってやるよ」
「いらねーし。お前の目的は何なんだよ」
マルファさんが睨みつけますが、サンハイルさんはまるで気にした様子もありません。
エイリスさんは懐にいつの間にか、攻撃用魔具〈魔力剣〉を握っていました。完全に臨戦態勢です。
「今日はお前らに良い話を持ってきてなー」
そう言いながら、サンハイルさんは縁無しメガネをクイと上げました。