「そう構えるな。人助けの話だ」
サンハイルさんはどこかから取り出した地図を広げ、とある場所を指さします。
「ここは〈ライテム〉という村だ。ここから半日くらいかかる山の頂上付近にある村だな」
「……この国で一番高い場所にあるとされる村だね。ここがどうしたんだい?」
「ほう、そこの銀髪は話が早いな。ならライテムのことは知っているか?」
「もちろん。そこは太陽を恵みの化身として信仰し、日光を活用して農作物を作っているところだよね」
「その通り。そしてここからが本題だ」
サンハイルさんは手のひらから小さな炎を出します。炎はみるみるうちに姿を変え、やがて大きな蛇のような形となりました。
「こいつは〈ヴェノムスネーク〉という」
「おいおい、そいつって毒を放つ蛇じゃないか」
「金髪の言うとおりだ。こいつは毒の霧を放つ蛇でな。すぐに死ぬような毒ではないのだが、吸っていれば気分が悪くなり、長時間吸っていればやがて動けなくなる。……まあ、それはどうでもいい」
「どうでもいいのかよ」
「肝心なのはもう一つの影響だ。その毒の霧は農作物の成長を阻害し、やがて殺してしまう。太陽からの恵みが死ぬんだぞ?」
「……君の話というのは、ライテムへ行き、ヴェノムスネークを倒してこいという内容で良いのかな?」
サンハイルさんは頷きました。
そこで私は純粋な疑問をぶつけました。
「サンハイルさんは倒さないんですか? 正直、私達が戦うよりも早く解決するような……」
マルファさんが私に乗っかりました。
「そーだそーだ。なんでわたしらが行かなきゃならないんだよ。第一、お前の頼みを聞く義理なんかねーっての」
「マルファの言い方はさておいて、ボクもそう思った。もちろんヴェノムスネークによる被害は分かった。ただしそれは、サンドゥリス王国軍が対処すべき案件だ」
「ほう。冷たいな」
「冷たい? 何を言っているんだ。サンドゥリス王国軍は国民の安全を確保する義務がある。そのために日夜研鑽を積んでいるんだよ」
口調はエイリスさんですが、話は完全にイーリス王女のソレでした。
それに、とエイリスさんは続けます。
「二人が散々言ってくれたように、ボク達が君の言うことを素直に聞くには、少しばかり関係が深まっていないように見える。その辺りのことはどう思うんだい?」
まさにボコボコとはこのことのように思えました。
しかし、サンハイルさんは眉一つ動かしません。私達からこれだけ言われて、特にショックを受けた様子は感じられません。
それどころか興味深そうに聞いていました。
「まぁ、そりゃそうだわな。俺の言う事を聞く道理なんざどこにもねぇ」
「だろー? ならさっさと帰れ」
マルファさんには恐怖心というものがないのでしょうか。サンハイルさんに向かって親指を下に向けているではありませんか。
「だが、そこに太陽の魔神を倒すためのヒントがあるって言ったらどうだ?」
私は、きっと私
まさかの展開に、思考が追いつきません。
太陽の魔神を倒すためのヒント? そんなものが存在するのでしょうか。仮にも神話の世界の存在です。それがそんなに都合よく……?
「全てが怪しいね」
エイリスさんが断じました。
「君のことはアメリアから聞いている。太陽の魔神の同盟者だろう? そんな君が、どうしてそんな情報を渡すんだい? おかしいだろう」
「同盟ってのはいつか破られるもんだし、あいつはこれくらいですぐ死ぬようなタマじゃねぇ。だから渡してやるよってだけだ」
「……少し、ボク達だけで喋る時間をくれないかい?」
「良いだろう。じゃあ、俺は少し席を離れよう」
サンハイルさんはそう言って席を立ち、壁に貼られた依頼を見始めました。
「アメリア、君はどう思う? 君の意見を聞きたい」
「わっ私の意見が参考になるのでしょうか?」
「カサブレード使いから感じられる意見を聞きたい……と言うのは建前で、本音は君の直感を参考にしたいんだ」
「そうですね……」
今までの話から聞いたサンハイルさんの印象を整理します。まず最初にこの言葉が口から溢れました。
「嘘をついているようには思えませんでした。むしろ、嘘をつく気はないのかなって感じます」
「そうか……そういうものか。ちなみにマルファはどう思う?」
「聞かなくても分かんだろ。そもそも関わりたくねーよ」
「まぁ、それはボクも同意見だけどね。でもまぁ、方針は決まったよ」
エイリスさんは小さく頷き、サンハイルさんを呼びます。
「早かったな。もう話まとまったのか?」
「あぁ、君のいうことを聞くのは嫌だが、困っている人がいるなら助ける。それだけだ」
「良いね。立派だよお前ら。じゃあ、この地図はやるよ。頑張りな」
地図を放り投げ、サンハイルさんは席を立ちます。
私はサンハイルさんをつい呼び止めてしまいました。
なんで呼び止めたのかは自分でも分かりません。サンハイルさんも、エイリスさん達も怪訝な顔をしています。
何かを言わなきゃ……そう思って、私は無意識に言っていました。
「サンハイルさんは何かを与えるのが好きなんですね」
「あ?」
パンを奢ってくれたり、地図をくれたり、サンハイルさんは常に何かを与えています。
もしかして本当は良い人なのでは? そう思って、私は言葉を続けます。
「サンハイルさんはもしかして、本当は太陽の魔神と同盟なんか結びたくなかったのではないのでしょうか」
「ば~~っか。頭がお花畑かよ」
サンハイルさんは心底呆れた表情を浮かべます。
「俺は太陽の光を尊ぶが、奴隷じゃねえ。俺は俺の意思で日光を体現する。これは決定事項だ」
「日光を体現……? 言っている意味が分かりません」
「分からねーなら、さっさとライテムに行ってきな! そして浴びてこい、本場の日光をな」
いつの間にかサンハイルさんはいなくなっていました。
あまりにも唐突で、本当にさっきまでいたかどうかも自信がありません。
そんな中、マルファさんは私にジトーっとした視線を向けています。
「お花畑は同意だ。あんなあからさまに怪しい奴に寄り添おうとすんな。マジで死ぬぞ」
あまりにもその通り過ぎて、私はただただ黙って頷くことしか出来ませんでした。