「ふふ、アメリアの紅茶と茶菓子は最高だね」
「もったいなきお言葉ですお嬢様」
今、私はエイリスさんのメイドとなっていました。隣でマルファさんが白けた表情で見ていましたが、一旦気にしないことにします。
それ以上に、エイリスさんにご奉仕しているこのやりがいに浸っていたかったのです。王族相手のご奉仕は初めてではありませんが、いつのときでも緊張はします。ですが、この程よい緊張感とやりがいは何物にも代えられません。
「よくもまぁ、着替えとか手伝わせるよな」
「そりゃ向こうも仕事なんだろう。ボクもお断りはしているんだけど、どうしてもって言われるから、やってもらっているよ」
「なるほどねぇ……わたしは気になってしょーがねーわ」
マルファさんは先日に聞いたヴェノムスネークの話題を出しました。
「なぁ、あの毒蛇から聞いた話なんだけどよ」
「太陽の魔神の研究をしているという方のことだよね。名前を聞いてびっくりしたよ」
「お嬢様はご存知なのですか?」
「そうだね、ガーフィ・テグラント殿。我が国が誇る賢者だよ」
「確か〈月の賢者〉って呼ばれている爺さんだったか?」
「マルファ……ガーフィ殿は魔法、軍事、国政、ありとあらゆる場面で意見を聞いている我が国の頭脳だ。そういう言い方は見過ごせないな」
「悪かったよ」
ガーフィ・テグラント様。
どういう由来かは分かりませんが、〈月の賢者〉と呼ばれる物凄い方だそうです。私は名前も姿も見たことがありません。
そんな凄い方がまさか太陽の魔神のことも研究しているだなんて……。これはだいぶ希望が持ててきました。
もしも太陽の魔神を倒せる術を知っているのなら、ぜひともお知恵を借りたいところです。
「で、だ。当然エイリスのコネを使って、会わせてもらうってことで良いんだよな?」
「それは勿論だ。けど、少し問題があってね」
「問題? お嬢様、それは?」
エイリスさんは少し間をとった後、言いづらそうに言いました。
「その、だいぶ個性的な方というかなんというか」
「あぁ、偏屈爺さんなのか?」
「ちょ! マルファ、言ったそばから!」
「違うのか?」
「うーん……偏屈ではないと思う。ただ、その日の気分でだいぶ対応が変わるという感じかな」
「やっぱ偏屈爺さんじゃねーか」
「……マルファをガーフィ殿に会わせてはいけない気がしてきたよ」
結局私達はガーフィ様に会うことにしました。このままじっとしていても何も始まりません。少しでもなにか得られるのなら、多少嫌なことを言われても我慢です。
私達はまず王城へたどり着きました。
「あれ? エイリスさん、王城には入らないんですか?」
「うん、ガーフィ殿は城にいないからね」
「え!? じゃあどこにいるんですか?」
するとエイリスさんは王城から少し離れたところにある倉庫へ歩いていきます。
「は? もしかしてあそこにいるのか? 見るからに倉庫だぞ。なぁアメリア?」
「そ、そうですね。どこからどう見ても、倉庫に見えます……」
エイリスさんは笑顔で頷きました。
「そうだよ。あの倉庫にガーフィ殿がいるんだ」
「おいおい……〈月の賢者〉をあんなところに押し込めていいのかよ」
「まぁ、それは見てのお楽しみということで」
なんだか含みのある言い方でした。遠目から見ても倉庫でしたが、近くで見てもやはり倉庫です。それに、少しばかり老朽化が目立ちますね。
あぁ……維持管理をしたい。お城の維持管理をしたいです。この倉庫も立派な設備。そうなれば、修繕等して然るべきだと思います。ウズウズしてきました。
そんな事を考えていると、マルファさんが肘で小突いてきました。
「おい今、余計なことを考えただろ」
「余計なこととは失礼な! ただこの倉庫の維持補修をしたいなと思っただけですよ!」
「急に暴走すんなよ?」
「だ、大丈夫ですよ! 流石に……多分……ほんの少し?」
「あはは……まぁくれぐれも無礼のないようにね。じゃあ早速入ろうか」
「そもそもの話なんだけど、そんな賢者様が急に会ってくれるのか?」
「さぁね」
エイリスさんの返答は、なんだか含みがありました。
後から聞いた話ですが、「アポを取ったはずなのに会ってくれないということもあるからね。なら、急に行っても変わりないよ」と話してくれました。
時々エイリスさんがとても豪快になります。そういうことが出来ないと、王女は務まらないということなのでしょうか。
「失礼」
ノックをし、私達は倉庫へ入りました。
まず私はその
「え、え? なんでですか? だって外から見たら、こんな広さなわけ……」
「すげぇ! なんだこれ!? 空間魔法か!?」
「マルファの言う通りだよ。これはガーフィ殿の空間魔法なんだ」
思わぬ魔法だったのか、マルファさんのテンションがかなり上がっています。
目をキラキラさせて、中を舐め回すように観察します。
「なんてこった……ただでさえ空間魔法なんて難しいのに、それをこの規模で維持しているのか? すげぇなんて言葉じゃ足りねー!」
「マルファさん、楽しそうですね」
「はは。まぁこれは予想通りかな。さて、本題に入ろうか。ガーフィ殿、いるかな?」
すると、奥の物陰から白髪のお爺さんが出てきました。
「誰かと思えば、イーリス嬢か。まずは歓迎しよう」
前言撤回です。お爺さん、というにはあまりにも失礼なほど、背筋が伸びています。白髪もオールバックに整えられていて清潔感たっぷりです。
あえて言うなら、初老といったところでしょうか。
「やぁガーフィ殿。今日はすんなり出てきてくれたね」
「そうさな。珍しい気配があったからには出ていくのが摂理だろう」
するとガーフィ様は私の方を見て、胸のあたりを指さします。
「そこのメイドさんが新たなカサブレードの使い手かな?」
「え! どうして分かったんですか?」
「ワシの目は誤魔化せんさ。そうかそうか、君が今回カサブレードに選ばれた者か」
ガーフィ様はどこか懐かしそうに私を見てきます。