ボロ雑巾のようになったサンハイルさんが床に倒れます。
生きているのか、死んでいるのか、判別がつきません。
「相変わらずお見事だねガーフィ殿」
「すげーよ爺さん! あっさり倒しちまった!」
「……」
返事をすることなく、ガーフィ様はサンハイルさんをじっと見つめます。
私も何となくサンハイルさんを見ていました。
何せ、あまりにも呆気なさ過ぎたからです。あれだけ強かったサンハイルさんがこんなにあっさり死んでしまうとは、思えませんでした。
私の胸に、嫌な予感がずっと渦巻いています。
考えすぎかもしれませんが、私はカサバスターをサンハイルさんへ撃つことにしました。罪悪感はありますが、それでこのモヤモヤが消えるなら、安いものです。
「アメリア、もしもカサバスターを使えるなら、撃ち込んでくれ」
「! 私もそのつもりでした」
ガーフィ様も同じように警戒していたのでしょう。私がやろうとしていたことを頼まれました。
カサブレードを向けた瞬間、サンハイルさんの左腕に着けられているブレスレットが輝き出しました。
「ちっ。せっかく死んだふりをしてやったのによ」
サンハイルさんがブレスレットを私達に向けました。ブレスレットは形を変え、一本の槍となりました。
サンハイルさんはその槍を私達目掛け、投げつけて来ます。
「! まずい、イーリス嬢ちゃん達、ワシの後ろに隠れろ!」
ガーフィ様の前の空間が徐々に捻れていきます。そこだけでなく、あと四つ。全部で五つの捻れが生まれました。
槍が空間の捻れにぶつかります。一つ目は軽々と抜け、二つ目、三つ目も抜けていきます。四つ目は少し時間がかかり、ついに槍は五つ目に到達しました。
「これが太陽の魔神の力……! ワシの絶対防御、空間歪曲の魔法がこうもあっさりと……!」
「そんなもんで太陽の魔神の力を防げると思うなぁ!」
そしてとうとう、槍は五つ目を突破しました。
直後、破壊音が鳴り響きます。私は思わず目を瞑ってしまいました。
「ガーフィ様!?」
目を開けると、そこには口から血を流すガーフィ様がいました。右腕も出血が激しく、止血のため、強く掴んでいました。
「完全に逸して、
「良いセンスしてるぜ爺さん。直撃する寸前、槍を空間転移させたな? 中指一本分の距離だったが、それでも直撃回避するには十分。――そこまでは良かったんだがな」
サンハイルさんの元に槍が戻っていきました。槍はブレスレットへ形を戻っていきます。
「太陽の魔神の力は空間転移の力すら乗り越え、お前に傷をつけたってことだな」
それにしても、とサンハイルさんが言います。
「さっきのは効いたわ。だいぶ消耗した。軽くからかいに来たつもりだったんだが、予定が狂っちまったよ」
「あ、あの! サンハイルさんは何をしに来たんですか!?」
「あぁ、お礼だよお礼。あのときは圧倒しちまったからな。だけどまぁ」
再びサンハイルさんのブレスレットが輝き出します。
「そろそろお前らを片付けておいても良いかもな。正直、何をしても負けるとは思っていないが、俺はその慢心を断つ」
「なら、遅かったな」
室内全体が捻れていくのが分かります。上下左右の感覚が消え、私は立っているのか、倒れているのかも分かりません。
ガーフィ様が手をかざすと、サンハイルさんの周囲に光の粒子が舞います。
「ちっ、こいつは……間に合わねぇか」
「察しが良いな。どうやらお前を倒すことは無理そうなので、この手を使わせてもらおう。――空間牢獄の魔法」
瞬間、私達がいた空間が物凄い勢いで収縮していきます。その中心点は、サンハイルさんでした。
「ハハハハハ! 空間ごと俺を閉じ込めるのだな! 良いだろうさ!
サンハイルさんと目が合いました。
「しばしのお別れだ! 次会ったその時、お前たちを滅殺する! ハハハハハ! しばらく太陽の光が恋しくなるなぁ!」
サンハイルさんの姿と、声がどんどん小さくなっていきました。やがて空間が一つの点になった時、無音になりました。
気がつくと、私達は倉庫内にいました。外の見た目と同じくらいの広さ。ここが本来、ガーフィ様がいた場所なのでしょう。
「ぐ……!」
ガーフィ様が膝をつき、胸を押さえます。
「! ガーフィ殿!? 大丈夫かい!?」
「げほっ……! 問題ない……! あの男からもらったダメージが残っているだけだ」
「問題ありじゃないか! アメリア、マルファ! ボクは救護班を呼んでくる! ガーフィ殿を見ていてくれ!」
「分かった。急ぎすぎて転ぶなよ」
マルファさんが近くにあったベッドから枕を持ってきます。
「とりあえず横になれよ爺さん。そのうち、救護班が来るからさ」
「はんっ。年寄り扱いするな。まだまだこのくらいで伸びているわけにはいかんだろう」
「いくんだよ。あんたがどうにかなったら、あいつが――エイリスが困るはずだ。だから、あんたは横になるしかないんだよ」
エイリスさんの名前を出したのが効いたのでしょうか。ガーフィ様はそれ以上、何も言うことはなく、横になりました。
「えらい素直なんだな」
「イーリス嬢にこれ以上うるさく言われたくないだけだ。勘違いするな」
「うるさく、ねぇ。〈月の賢者〉でも王女には弱いんだな」
「違うな。この城でワシを〈月の賢者〉ではなく、ガーフィとして接してくる数少ない人間だからだ」
ガーフィ様がぽつりぽつりと話します。
ガーフィ様はこの国にとってなくてはならない存在です。彼の知識はあらゆる問題を解決してくれます。
だからこそ、ガーフィ様を神格化する者も少なくないとか。城ではその恐れ多さに、平時に声を掛ける者は皆無です。雑談なんかもってのほかです。
ガーフィ様はそれを受け入れていたし、ずっとそのままで良いとも思っていました。
ですが、エイリスさんは違ったようです。
エイリスさんはそういった距離感はなかったようで、とにかくガーフィ様のところへおしゃべりをしに行っていたようです。
「エイリスさんらしいというか、なんというか」
「イーリス嬢はワシと同じだ。なまじ利用価値があるだけに、腫れ物に触るように扱われていたのさ」
だから、とガーフィ様は続けます。
「イーリス嬢がお前たちを連れてきた時、心から喜べた。あの警戒心の塊だったイーリス嬢が友人を連れてきたことにな」
「おい……急にしんみりした話するなよ、爺さん」
どうやら私とマルファさんはほぼ同時に嫌な予感がしたようです。ガーフィ様へ呼びかける回数を増やしました。
「そうですよガーフィ様。もう少しでエイリスさんが来ます。だから、もうちょっとの辛抱です」
「そうか……イーリス嬢が、もう少しでか」
なんだかガーフィ様の目がとろんとしたように見えます。最悪の結末が頭をよぎります。
思わず私はガーフィ様の手を握っていました。
「ガーフィ様!」
「眠く、なってきたな」
私の手からガーフィ様の手が滑り落ちました。
「ガーフィ様!」