「フレデリックさんは〈日食の神殿〉という場所はご存知なのですか?」
意外にも、フレデリックさんは首を横に振りました。
「すまないが分からないな。詳しく調べればある程度は分かると思うが……。必要か?」
「あっごめんなさい! そういうつもりで聞いたんじゃないんです。それに、今エイリスさんが調べてくれている最中だったので」
「そうか。それなら良い」
「私、カサブレードの潜在能力を解放出来るのでしょうか」
「やらなければ太陽の魔神やそのサンハイルとやらに勝てないのだろう? ではやるしかない。出来るかどうかではない」
「確かに、それもそうですね」
フレデリックさんが腕を突き出すと、カサブレードが現れました。
しかし、何か違和感を覚えます。
「気づいたか。これは太陽の魔神が俺に寄越したカサブレードだ。しかし、最近太陽の魔神の影響が小さくなったのか、俺のカサブレードも変質しつつある」
「と、言うと?」
「俺の心の割合が大きくなったのか、以前よりも手に馴染むのだ」
「じゃあ、これは本当のカサブレードになったということですか?」
「違うな。カサブレードのようで、カサブレードじゃない。紛い物のカサブレードには変わりないが、負の性質が消えているのだ」
「ん、ん?」
「……つまり、カサブレードに限りなく近い存在になったということだな」
「すいません、理解力がなくて」
「俺の言い方が悪かっただけだ。つまり、何が言いたいかと言うと」
フレデリックさんは私の胸を指さします。
「このカサブレードでさえ、使い手の心で変質する。お前の強い心なら、確実にカサブレードへ何らかの影響をもたらすだろう。……そう言いたかった」
これはフレデリックさんなりの励ましだったのです。
そうですよね。カサブレードは使い手の心に影響されると聞きます。その私が弱気で、どうしてカサブレードのすごい力を引き出せるというのでしょうか。
私は立ち上がっていました。
「ありがとうございますフレデリックさん! なんだか私、やる気が出てきました!」
「そうか。それなら良い」
すると、フレデリックさんも立ち上がります。
「ついてこい。久しぶりに腕を見てやる」
「! 良いんですか!? よろしくお願いします!」
◆ ◆ ◆
訓練場で、私は何度も転がされました。
やはりフレデリックさんは強すぎます。会うたびに強くなっているような気がします。
だからといって、いつまでもやられているわけにはいきません。
私は再びフレデリックさんへ向かいました。
縦、横、下段、袈裟斬り。色んな方向からカサブレードを振るいますが、フレデリックさんは全て防ぎます。おまけに、あまりにも大きな隙をさらしていると、手痛い反撃をもらいます。
「疲れたか?」
「いいえ、まだまだやれますっ」
そうして私は再び、闘志を燃やすのでした。
満足いくまでフレデリックさんに叩かれ続けます。そして、とうとうその瞬間がやってきました。
「――む」
がむしゃらに振るったカサブレードが、フレデリックさんの頬を掠めました。これまでただの一度も当たっていなかったことを考えたら大進歩です。
「や、やった! やりました!」
「驚くべき執念だ。その根性、この城の兵士にも見せてやりたいくらいだ」
「あ、ありがとうございます」
フレデリックさんが何かを放り投げてきたので、受け取ると、タオルと水筒でした。
ご厚意に甘え、汗を拭い、水分補給をさせてもらいます。何かを成し遂げたあとの一服は非常に心地良いものがあります。
「アメリア、お前に必要なのは技術ではない」
「えっと……?」
「お前が今から剣士になるのは不可能だ。仮に目指すのなら、相当な時間を必要とする」
「それって私、どうしたら……?」
「お前に必要なのは心の強さだ。どんなに苦しい戦いにおいても、最後には心の強さが物を言う」
「カサブレードは心の強さ、か」
心の整理がついたあたりで、私を呼ぶ声が聞こえてきました。
「アメリアさぁーん!」
「ルミラさん!?」
この城の総メイド長であるルミラさんが笑顔で走ってきました。
「アメリアさんが城に来ているって聞いて飛んできたっス! って、軍団長補佐!? し、失礼したっス」
「良い。アメリアに用事があるのだろう?」
フレデリックさんが去ろうとするので、私は最後にこう言いました。
「あの、フレデリックさん! ありがとうございました! また私を叩きのめしてくださいねっ!」
「今日より動きが悪かったら容赦なくそうさせてもらおう」
背中を向け、手をひらひらさせ、フレデリックさんは歩き去っていきました。
この話を聞いていたルミラさんが非常に複雑そうな表情を浮かべていました。
「えと……軍団長補佐とここで何してたんスか?」
「何って、ひたすら叩きのめされていたんですけど」
「なるほど。こういうのって、どこに報告すればいいんスかね?」
どんどん目つきが鋭くなっていくルミラさんを見て、私はようやく気づきました。戦いの稽古をつけてもらっていた、という大前提が共有されていなかったことに。
この前提情報がない状態で聞いていたら、フレデリックさんが悪意をもって私に暴力を振るっていたように聞こえますね。
「……ソレを早く言ってくださいよぉ。てっきりあたし、やべー暴力現場に出くわしたと思ったんスからぁ!」
「ですよねぇ! ごめんなさいごめんなさい!」
「まぁアメリアさん、たまに言葉足りない時あるから慣れたもんスけどね」
「あはは……面目ないです」
「違う! あたしは世間話をしに来た訳じゃないんスよ!」
ルミラさんが私の手を掴みます。
「まずはあたしについて来てくださいっス! 走りながら話しましょう!」
あのルミラさんがこんなに慌てるなんて、一体何があったのでしょうか。というか、私が行って、何とかなる問題なのでしょうか。
僅かな不安を抱きながら、私はルミラさんに連れて行かれるのでした。