「何でも良いとは思うんだ。だけどな、わたしはそこが重要なんじゃねーのかって思ってる」
エイリスさんと私はその言葉に同意しました。そもそも、太陽の魔神がそこまでカサブレードを警戒している理由とは何なのでしょうか。
伝説の魔具、とは言いますが、太陽の魔神の力は強大だと言います。それなのに、このカサブレードにだけは執着しているような気がします。
「おやおや? 君たち今、カサブレードと太陽の魔神の話をした?」
ブレネンさんが目を輝かせていました。
「そんなところさ。……そうだ、ブレネン殿の考えを聞かせてもらえないだろうか」
エイリスさんは、簡単に今の話題を説明します。すると、ブレネンさんの答えはあっさりとしたものでした。
「僕から言わせれば、シンプルな間柄だと思うよ? それこそ陰と陽、プラスとマイナスみたいな感じかな」
「本当にシンプルな考えですね。ボクは属性のようなものかと思っていたのだけど」
「そういうのにも当てはまると思うよ。けど、僕の考えは至極単純。太陽の魔神はプラスエネルギーの塊で、カサブレードはマイナスエネルギーの塊なんだ」
「普通逆じゃねーの? 太陽の魔神がマイナスで、カサブレードはプラスだろ」
ブレネンさんはマルファさんの言葉に同意しませんでした。
「まぁ童話とか伝説を考えたらね。でも、思い出してほしい。太陽の魔神は元々恵みの神なんだ。それを思い出せば、プラスエネルギーの塊だというのも少しは腑に落ちるんじゃないかい?」
「うぐ……言われてみれば、そうだった」
「ブレネン殿は本当に詳しいですね。そして、その説も納得がいきます」
「あはは、そう言われると、趣味が役に立った感じがして、気分がいいね」
私はブレネンさんの言っていることがよく分かりました。メイドの仕事をやって、不意にその仕事ぶりを褒められると、とても嬉しい気持ちになります。
そんなブレネンさんから、もう少し何か聞けることはないでしょうか……。
「あの、他にはどんなことを知っているんですか?」
「うーん……君たちの熱心さから考えると、ありきたりな話は知ってそうだよなぁ」
そうだ、とブレネンさんが手を叩きます。
「じゃあ君たちはカサブレードには真の力が秘められているとされるって知っているかい?」
私達は思わず顔を見合わせました。
その情報はもしかして〈日食の神殿〉と関わりがあるのかもしれない。私達は声には出さずとも、アイコンタクトで意思疎通をしました。
「それってどういうことなんですか?」
「お、食いついたね。カサブレードは一般的には、伝説の勇者が持つ聖剣で、それを振るって太陽の魔神を倒す。ここまでは良いかな?」
私達が頷くと、ブレネンさんは続けます。
「それはどうやってだと思う?」
「どうって……それは、カサブレードの力で」
「そう、カサブレードの力だ。カサブレードはそのままでも、太陽の魔神に有効打を与えられるとされているけど、それだけじゃ太陽の魔神は倒せない。眠っている力を起こさなければならないんだ」
「ブレネン殿はその力が何なのか知っているのですか?」
「カサブレードの本質はマイナスエネルギーの操作にある、とされている。その力を発揮することによって、初めて太陽の魔神を打ち倒せるらしいよ」
マイナスエネルギーの操作。なんだかイメージしづらい単語が出てきました。
ただでさえカサブレードを振り回すのに精一杯で、そんなすごそうなことが出来るのでしょうか……。
でも一体どうやったら?
エイリスさんがその質問を上手くしてくれました。
「何か条件や鍵となる行動をしなければ、その力は発揮できないのでしょうか?」
「僕が知っている限りでは、カサブレードは自分自身の力を分割し、ある場所に封じ込めているらしい。その封印を解放してやると、その真の力が使えるはずだ。……持ち主にもよるだろうけど」
「ある場所、とは?」
「うーん、ごめんね。そこまでは分からないんだよね。その情報について、ずっと探しているんだけど、さっぱりなんだ」
私達の中に『調査終了』の四文字が浮かび上がりました。
ここまで知っているブレネンさんが、〈日食の神殿〉の存在を知らないということは、突破方法が見つかる見込みはないに等しい。
そう、思っていました。
「ただ、その場所へ入るのに必要とされる物は知っているんだけどね」
「!? そ、それって何なんですか!?」
思わず声量が跳ね上がってしまいました。
諦めかけた時に差した、一筋の光明。藁にも縋る思い、とはこのことでしょうか。私はブレネンさんに続きを促しました。
「古文書にこんな一説があるんだ。『月の紛い物をかざせ、さすれば真の月への道が開かれるだろう』ってね。何のことかはさっぱりだけど」
「月の紛い物……?」
その言葉に、私は引っかかりを覚えました。
つい最近、そんなものを見たような……。
「ちょ、ちょっとエイリスさん、マルファさん、良いでしょうか?」
私は二人を別室へと連れて行き、ブレネンさんに聞かれていないことを確認します。その後、備蓄庫で拾った三日月のペンダントを取り出しました。
「お、おい。これってまさか……!?」
「アメリア、これをどこで?」
私は正直に、備蓄庫の整理をしている時に拾った物だと話しました。
「ううん……あの場所は王家しか知らない。なら、鍵もこの城にあって当然……ってやつなのかな?」
「マルファさんはどう思います?」
「どうもこうも、こいつに秘められた力はなかなかのもんだ。こりゃ、試してみる価値はあるかもな。エイリスも感じてんだろ?」
「うん。ボクの魔具センサーがすごいことになっているよ。時間が許すなら、これを分解して、色々と見てみたいくらいだ」
「どうしましょう。これで駄目なら、それこそ現場で色々と試すしかないと思うんですが……」
エイリスさんは形の良い顎に指を添え、何かを考えている様子でした。
「……正直、ボク達にとって、都合が良すぎる展開だと思う」
「何かの罠ってことでしょうか?」
「いや、そこまでは思っていない。ううん、ごめんね。あまりにも上手くいったものだから、少し立ち止まりたかったんだ」
エイリスさんが私達を交互に見ます。
「調査は今日で終了。明日、早速向かってみよう」
明日、とうとう〈日食の神殿〉へと足を踏み入れることになりました。
その時の私達はまだ知りませんでした。
この一連の流れが、とある悪意によって生み出されていたことに――。