私達の前の前には、森が広がっていました。
遠目から見るだけで、深い森だということが分かります。奥が真っ暗です。
「ここが〈日食の神殿〉に行く道、というか王家の墓がある土地か」
「そうだね。ボクも初めて来たよ」
「なんだか怖そうなところですね」
「お化けとか出るかもな」
「ま、まぁお化けくらいなら……」
「君たち、一応ここ王家の墓だからね? 聞く人が聞けば、不敬罪にされてもおかしくないからね?」
エイリスさんが苦笑していました。
私は思わず手で口を押さえました。本当にその通りでした。私はなんてことを……。
エイリスさんが私達の前に出ます。
「じゃあさっそく行こうか」
「良いのか? 一応ここ、立入禁止なんじゃねーの?」
「そうだよ。だからこそ正面から行くよ」
「それには何か理由があるんですか?」
「だって、考えてみてよ。そこに関係者以外立入禁止の札があるだろ? ボクは関係者だ。だからこそこそする理由はないよ。さぁ行こう」
そう言いながら、エイリスさんはどんどん前に進んでいきました。その背中を眺めていたマルファさんがボソリと呟きました。
「あいつ、基本真面目なくせに、時々思い切りがいいんだよな。イイ性格してるぜ」
「あはは……早く追いかけましょうか。置いていかれたら、大変ですよ」
「おっと、そうだな」
私達は小走りで、エイリスさんを追いかけます。
道中、特に何もありませんでした。
てっきり魔物がいるのかと思いましたが、何もいません。逆に怖いくらいです。
むしろ怖いのは、この景色です。ただ沢山の樹があるだけなのですが、それが怖さを引き出しています。
樹木に音が吸われているのか、シンとしています。私達の足音は当然として、心臓の音まで聞こえてきそうです。
「そろそろだとは思うんだけど……。マルファ、アメリア、疲れていないかい?」
まず私達が目指したのは、王家の墓です。
そこを拠点として、〈日食の神殿〉の捜索をするつもりでした。
ちなみにそこが選ばれた理由として、エイリスさんは「王家の墓だよ? 手入れされているだろうから、きっと野営するにはピッタリだよ」という一言でした。
幽霊は全く信じていませんが、罰当たりだと思える程度の感覚はありました。
とはいえ、闇雲に歩き回るのも危険なので、私とマルファさんはそれに同意しました。
「王族が長距離歩くとは思えねーから、そろそろそれっぽいモンが見えてくるとは思うんだけどな」
「それ、ボクがいる前でよく言えたね。一応、ボクもハードに動く冒険者だよ? ――ん?」
エイリスさんが立ち止まりました。
一瞬、敵襲かと思いましたが、そうではないようです。
「空気が、変わった?」
「空気ですか? うーん……? ごめんなさい、ちょっと分からないかも」
「あ、おい。あれ見ろ」
マルファさんが指さした先に、大きな塀と扉が現れました。
「あそこがお墓なのかな?」
ここからでは鍵がかかっているのか、判別出来ません。
近くまで来ても、鍵がかかっているようには見えません。
「どれどれ」
マルファさんが扉を押そうとしますが、びくともしません。しばらくトライしてみますが、一ミリも動く気配がありません。
「よし、ぶっ壊すか」
「まっ待ってくださいマルファさん! そんなことしたら、お尋ね者になりますよ!? 下手すれば死刑かも!」
「マルファ、短いようで長い付き合いだったね。でも、楽しかったよ」
「冗談に決まってんだろ! 誰がそんなアブねーこと出来るか!」
「錆びているようにも見えない、鍵がかかっているようにも見えない。となれば、何か条件があるはずだけど」
エイリスさんが何気なしに扉に触れると、扉が僅かに振動しました。
カチリ、と音がする。そうするとなんということでしょう。あれだけマルファさんが押しても開かなかった扉がすぅーっと開いたではありませんか。
「開いた……!? なぜだ……そうか、もしかしてこの扉は王族に反応して、開く仕組みになっているのか。何と興味深いんだ……!」
エイリスさんの目の色が変わりました。これは、古魔具オタクの目です。
「調べたい……隅々まで調べてみたい。ねぇ、マルファ。この扉、ちょっと壊して」
「無茶言うな! わたしが指名手配になるって聞いてなかったのかよ!」
「マルファ、研究には犠牲がつきものなんだよ。わかるだろ?」
「分かるけど、分からねーよ!」
「ふぅ、とりあえず発作が収まったから行こうか」
「早く行くぞ!」
マルファさんが先頭になり、敷地内に入りました。
その瞬間、なんだか
まず目についたのは立派なお墓です。どれも職人さんが最高の仕事をしたのだな、と分かるものでした。
思わず両手を合わせてしまいました。
「なるほど……これがボクの最期の地か」
「え、縁起でもないことを言わないでくださいよ!」
「お気遣いありがとうアメリア。でも、ボクは王族だ。だから最期はここに来ることになる。……うん、父上がボクをすぐに連れてこなかった理由が分かる気がする」
庶民の視点で言えば、寂しいところでした。それだけ王族が高貴で、それでいて孤独な存在なんだなと察することが出来ます。
本来知るはずのなかったこの場所に、私はなぜか思いを馳せてしまいます。
「こんなの、ボクが徹底的に作り変えると言い出すって分かっていたんだろうね」
エイリスさんの口から飛び出したのは、私の想像を遥かに超えるものでした。
「え、あの? エイリスさんはこういう寂しいところで眠るっていう現実を受け止めていたのかと思ったのですが……」
「アメリア、このボクがそんな殊勝な考えを持つと思うかい?」
「……いいえ、思いません。むしろ、改革に考えがいくんだろうなって思いました」
「そういうことさ。アメリアもだいぶボクへの理解度が上がってきたね」
喜んで良いのか悪いのか、複雑な気持ちになる言葉をいただきました。
「アメリアの言う通りさ。ボクはここを寂しいと思った。だから変えようと思うよ。古くからの決まりってだけの理由なら、ちゃんとその事実に向き合わなければ行けないと思うんだ」
エイリスさんが話す言葉は、庶民の私にも分かりやすく、それでいて納得させられるほどでした。
突然、エイリスさんがニヤリと笑いました。
「理解度、といえばボクもアメリアが思っていることが少し分かるんだよね」
「な、なんでしょうか……?」
「どこから掃除しようかな、とかね」
「うっ! た、確かに草むしりとか埃を取ったりとか、色々やりたいことはありますね、ハイ」
エイリスさんは何で私のことが分かるのでしょうか。
確かにその通りでした。
時々手入れが入っているとはいえ、私からすれば少々物足りなく感じます。あぁ……私なら毎日ここに来てお手入れできるのに……。
「アメリア、お前ほんとわかりやすいよな」
「うぅ……私は相変わらず駄目なメイドです……」
私とマルファさんの話を聞いていたエイリスさんがフッと達観したような表情を浮かべます。
「少なくとも、ボクはこういう寂しいところで眠りたくないから、何か案を考えることにするよ。……そうだ、観光資源にするなんて良いかもね」
「わたしが言えたことじゃないけど、恐れ多すぎだろ」
「大丈夫だよマルファ。こういうのは変に気を遣っちゃいけないと思うんだ。いっそ、古の王族と会えるかもしれないって触れ込みで、大々的に宣伝してみるのはどうかな?」
「個人的には不謹慎なのは好きだけど、それでこの国全体が呪われてもわたしは知らねーぞ」
そう言いながらも、マルファさんはどこか楽しそうでした。