もしもここが〈日食の神殿〉だとしたら、私はどうしてあの夢を見ることが出来たのでしょう。
何気なしに疑問を口にすると、マルファさんは一言で答えてくれました。
「カサブレードに選ばれているからじゃね? なんつーかこう、選ばれし者が現れたんなら、導きたくなるのが人情ってもんだろ」
「そ、そういうものなのでしょうか」
「とりあえずはそれで良いんだよ、納得しろ。これから訳わかんねーとこに潜るってのに、余計なこと考えるな」
「確かにそうですね。すいません、集中します」
私はそれでハッとさせられました。三人だから、すっかり気が抜けていました。
これから未知の場所に進むんです。特に私は後方です。後方がやられたら、奇襲かけ放題になります。マルファさんの言う通り、気持ちを切り替えることにしました。
「じゃあ、下りるよ」
罠がないか確かめつつ、私達は慎重に下りていきます。
特に妙なところはありませんでした。私達に危害を加えようとする存在もありません。ひたすら階段があるだけでした。
「……?」
しかし、私は違和感を覚えました。それはすぐに言語化出来ませんでしたが、何かモヤモヤします。
しばらくの間、私達は階段を下ります。ずっと代わり映えのしない景色。
――おかしい。
私はいよいよ違和感を口に出しました。
「あの、変じゃないですか、この階段?」
「そうだね。流石にこれだけ下りて、何も無しはちょっと不安になってくるね」
「わたしら、今どこにいるんだ?」
「……一度戻ってみようか」
エイリスの提案に従い、私達は一度引き返しました。
すると、私達は驚きの現状を知りました。
「……え? もう戻って来ることが出来たんですか?」
歩いて数分もしないうちに、私達は地上に戻れました。
いや、そんなはずはありません。だって、明らかに下りていた時間と、帰って来た時間が釣り合っていません。
「妙だな」
「うん、おかしいね。ちょっと整理しようか。ボク達は普通に下を目指し、そして普通に上を目指して帰ってきた。認識に相違はないね?」
そのとおりです。気が狂ったわけでもなく、それが事実です。
「アメリア。階段を降りている間、ボクとマルファは不審な行動をしていなかったかい?」
「それはないですね」
「マルファから見て、ボクは何かおかしかったかな?」
「あぁ、そういうことか。いいや、わたしの目か見ても、何もおかしいところはなかったぜ」
「じゃあ、ボクが正気を保っていることは二人が保証してくれた訳だ。それなら、アメリアから見たマルファも大丈夫そうだね」
「ええと……? これは何を確かめているのでしょうか?」
するとエイリスさんが分かりやすく教えてくれました。
場所によっては時折、危険な魔法の罠が仕掛けられている可能性があるそうです。炎や水が出る罠ならまだ分かりやすいのですが、人間の精神に干渉し、認識をおかしくさせる悪質な罠も存在するとか。
今回は場所が場所だけに、もしかしたら危険な認識操作の魔法の罠に引っかかった可能性を考慮し、まずは皆の正気を確かめたということです。
「ボク達がおかしくなっていないのならば、あとはあの階段自体に何か仕掛けられていると考えて良いだろうね。マルファ、魔法好きの君の考えはどうだい?」
「そうだなぁ……魔具にしちゃこんな規模のおかしさは作り出せないだろうから、魔法なのは間違いないんだろうが……」
「もう一回行ってみますか?」
「いや、止めといた方が良いだろうな。行くなら、ちゃんと見当をつけて、そういうものだという前提で行動しなきゃ危険だ」
そう言いながら、マルファさんは懐から手帳を取り出し、パラパラとめくっていました。
何が書かれているか聞くと、マルファさんの魔法の知見が書き込まれているそうです。見る人が見れば、とても貴重そうな手帳に見えます。
パラパラとめくっていたマルファの手が止まりました。
「あー……これなら、さっきの奇妙な現象に説明が出来るか」
「何か分かったのかい?」
「あぁ、多分な。確かめたいから、もう一回入ってみよう」
「大丈夫な罠だということかな?」
「大丈夫ではないけど、死ぬような罠じゃないさ」
再び私達は階段を下りました。
相変わらず、底が見えません。ある程度歩いたところで、マルファさんが立ち止まります。
「うし、戻るぞ」
「? 分かりました」
マルファさんの言う通り、引き返すと、やはり下りた時間よりも早く戻ってきました。
「やっぱりな」
「そろそろ解答が欲しいところだね」
「あぁ、これは多分空間魔法が使われている。そんで、一定の部分で元の場所に戻るよう空間が繋げられているんだ」
――無限階段。
マルファさんはこの階段をそう名付けました。
「それじゃあ、ボク達は今まで同じ場所をグルグルしていたということか」
「そういうことだ」
「対策はあるのかな?」
「さっぱりわかんねー。わたしは手品のタネを見破っただけだ。後をどうするこうするは考えてねーよ」
たどり着けないようにする。ひどく単純で、それでいて効果的な罠です。
でも私達は下に行かなければなりません。
そこで私達は、次の手を試してみることにしました。
「んじゃ行くぜ。小火球魔法!」
私達は一旦地上へ上がりました。マルファさんは人差し指を階段へ向けます。
小指サイズの火球が階段の下へ飛んでいきました。
これは魔力的な干渉が出来るかどうかの実験です。ループの終端とも言えば良いでしょうか。そこにぶつかったとき、何が起こるかの検証です。
結果はなんというか、微妙なものでした。
特になにかが起きたわけではありません。強いて言うならば、おそらくループの終端までたどり着いた火球が私達の少し前方から現れたことです。
「なるほど。階段の途中から無限階段の空間に切り替わるというわけか」
「もう一回行ってみるか。何か発見があるかもしれねぇ」
再度、私達は階段を降ります。
ですが結果は変わりません。
「なぁアメリア。ちょっとカサバスターでこの辺ぶっ壊せねぇか?」
「何が起きるか分かりませんけど、それでも良ければ……」
「……冗談だよ。そんなマジな目するなよ」
気持ちとしては、本当にカサバスターを撃ちたい気分でした。カサバスターの力なら、この空間を破壊することが出来るのでしょうか……?
不意に下を見たとき、私は違和感を感じました。
何かがぼんやりと光っています。地面? いや、私の服からです。
服をまさぐり、ぼんやり光っている物を取り出してみると、それはあの三日月のペンダントでした。