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第96話 ブレネン、再び

 基地、と呼ばれていた場所は小さな城のようでした。

 ディートファーレさんいわく、ここは重要な資料が多いので、自然と襲われる前提の造りとなっていったようです。最初は小さな民家のようなサイズだったけど、増築を繰り返した結果がコレというので、驚きです。


「お、おおぉ……」

「どうしたのアメリア?」


 ディートファーレさんが声をかけてくれるのにも気づかないまま、私は基地の中を見ていました。

 なんと……なんと……!


「か、片付けたい……整理整頓したいです。本の虫干しをしたいです。あぁ、あの本棚の上、埃が溜まっていそうです」


 なんっっっとお掃除のしがいがある場所なのでしょうか。ここは天国ですか? ここに住み込みで働き、完璧な状態にしたいです。

 そんなことを考えていると、マルファさんが肘で私の脇腹を小突いてきました。


「お前、ヨダレ出てるぞ。考えていることは分かるけど、少し抑えろ」

「ご、ごめんなさい。あとで簡単な整理整頓だけします」

「す、る、な。わたしらの目的を忘れんな」


 私とマルファさんのやり取りを聞いていたディートファーレさんがクスクスと笑っています。


「アメリアも落ち着いたようだから、行きましょうか。一番広い分析室でデータを集約、分析しているはずだから」


 ディートファーレさんを先頭に、私達はどんどん歩いていきます。

 何やらメガネをかけた人が多いように見えます。なんだかここの雰囲気に合っているというか、皆さん研究者のように見えます。


「ディートファーレよ。調子はどう?」

「軍団長!? わざわざお越しにならなくとも、一言いってもらえれば……!」


 ディートファーレさんの訪問に一番慌てたのは、とても分厚いフレームの眼鏡を身に着けた方でした。


「みんな、紹介するわ。ここの分析室長よ」

「どうも、はじめまして。……おや?」


 分析室長がエイリスさんを見ると、首を傾げました。

 エイリスさんは今、エイリスさんの格好をしています。なので、イーリス王女だと分からないとは思うのですが……。


「……気のせいか。失礼、考え事をしていました」

「……そうね。気のせいよ。それで、早速なんだけど、今の状況を教えてくれないかしら」

「おお、そうでした。それではこちらへ」



 次の瞬間、大きな衝撃音がしました。



 私達は自然と戦闘準備をしていました。

 ディートファーレさんは慣れた様子で、状況を確認しに行きました。


 私達はそれぞれ頷き合います。


「アメリア、マルファ。もしかしたら、ボク達関係かもしれないね」

「まー今んとこ、一番嗅ぎつけられて困るったら、そういうことなんだろうな」

「待っていられません。私、行ってきます」


 私はすぐにでも現場へ行こうとしましたが、それよりも前にディートファーレさんが戻ってきました。


「皆! すぐに退避! 奴が上がってくる!」

「や、奴って誰ですか!?」


 その瞬間、床にヒビが入りました。ヒビは瞬く間に大きく、そして広範囲に広がり、やがて砕けます。



「お久しぶりだねぇ。君たちとはまた会えると思っていたよ」



 現れたのは、なんとブレネンさんでした。

 ブレネンさんは以前見た姿とは別人でした。髪と髭が伸びており、白衣もシワシワ。それだけではありません。


「ブレネンさん、その背中……」


 ブレネンさんの背中には、以前見た古魔具の両腕・・が繋がっていました。


「〈無意識の手遊びハンド・プレイヤー〉のことかい? それなら僕と一体化しているよ。これで僕は本当にこいつと一心同体ってワケさ」

「何をしているか分かっているのかい!?」


 エイリスさんが鬼の形相で言いました。


「古魔具の改造は国の法で堅く禁じられている! それをよりにもよって、一番重い罪である人体への埋め込みだなんて……!」

「法律は法律だ。この国が独自に作ったものだ。他の国にはない法律で僕を縛るなんて、鼻で笑ってしまうよ」

「別にボクは法だけで怒っているんじゃない。古魔具と一体化するということは、身体がその古魔具へ適応するために変化を起こすんだ。……君はもう、普通の人間には戻れないんだよ」

「良いじゃないか。それだけでこの力が手に入るんだ。君達へささやかな嫌がらせを出来るなら、大したことじゃない」


 メイドとして、人の表情を見てきた私には分かります。

 あぁ、ブレネンさんは本気で言っているのだな、と。ブレネンさんの顔には迷いとか恐れとかそういうものが感じられませんでした。

 しかも、感じられなかったのはそれだけではありません。


「……だけど、私達を憎んでいるわけでもないんですよね」


 ブレネンさんは一瞬、意外そうな表情を浮かべた後、首を縦に振りました。


「驚いたな、正解だよ。それはカサブレードの力かい?」

「いいえ。職業柄、です」

「素晴らしい職業だね。なるほど、人には能力が秘められているとは知っているけど、こういうことなんだねぇ」


 ブレネンさんは両腕を広げます。


「改めて言おう。僕は君達へ嫌がらせをしにきたよ。具体的にはここの施設を破壊し、情報を全て消す」

「そうはさせません!」


 手の中にカサブレードを出現させ、戦闘準備に入ろうとした時でした。



「オーケー。じゃあ、貴方は遠慮なくぶっ飛ばして良いのね」



 ブレネンさんが弾かれたように上を見上げました。直後、極太の魔力光線が頭からブレネンさんを飲み込みました。

 どうやら下の階へ叩き落されたようです。


「今の、ディートファーレさんが!? いつの間に!?」

「あいつが現れた時から、あらかじめ準備していただけよ。さて、とそれじゃあ行ってくるわね」

「ど、どこにですか!?」

「ブレネンのところよ。あいつは私が相手するから、貴方達は早く情報を聞きなさい」

「それじゃあディートファーレさんが危ないですよ!」

「あら? 私を誰だと思っているのかしら?」

「じゃあディートファーレ、頼むよ」


 エイリスさんが分析室長へ歩み寄ります。


「エイリスさん、良いんですか?」

「良いよ。それに、ブレネンの目的はボク達がここの情報を得るのを邪魔することだ。ディートファーレが対応している内に、早く目的を達成してしまった方が良い」

「ディートファーレ軍団長の戦いを直接見たかったけど、しゃーねーか。さっさとやることやるとすっか」


 マルファさんもすっかりそのつもりでした。

 私はなんともモヤモヤしていましたが、次のディートファーレさんの言葉で、それが一気に消え失せます。


「アメリア。私に無駄な仕事をさせるつもり? アメリアなら、分かってくれるわよね」


 ここまで言われたら、頷くしかありませんでした。それがディートファーレさんへの敬意と分かっているから。


「お願いします! ディートファーレさん!」

「任された」


 ディートファーレさんが片手をひらひらと振ると、下に落下していきました。

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