「分析室長。なるべく簡潔にお願いします」
エイリスさんのその言葉にディートファーレさんへの心配が滲み出ていました。口ではああ言っていましたが、情報を取れたら、すぐに助けに行くつもりなのでしょう。
分析室長も意図を察しており、すぐに地図を広げました。
「魔物に変化が起きた地域は着色された場所となる」
そう言われて見てみますが、何やら色の濃度があるように見えます。
私はそれについて疑問を出してみると、分析室長は優しく答えてくれました。
「この濃度は魔物の変化の大小を表しています。濃ければ濃いほど大きく変化していたということですな」
「では、この色が最も濃い場所は……」
地図はある地点を中心に、円のようになっていました。中心から離れるほど色が薄くなっています。
変化の原因となっているポイントを探るのであれば、この逆を辿れば良いのですが……。
「ん? 急に色が塗られてねーじゃねーか」
一番先に気づいたのはマルファさんでした。
確かに中心であろう地点は何となく分かるのですが、着色はされていませんでした。
それについて、分析室長はこうコメントします。
「そこはまだ未調査なのだ。色が濃いほど魔物が凶暴でね。そこを調査するには調査部隊の追加投入が必要なのだ」
エイリスさんは地図をじっと見つめていました。
「ここはもしかして、〈天空階段〉かい?」
「おぉ、良くご存知だ。そう、この中心点であろう場所は一昔前、人間が神々と交信しようと建てられた塔――通称、〈天空階段〉」
〈天空階段〉。何だか凄そうな場所ですね。私は全く聞いたことがありません。さすがエイリスさんですね。
「神々とねぇ……さぞかし立派な塔なんだろうな」
「いいや、そうでもないようだ。建設はしたようだけど、予算の関係で外装しか立派に出来なかったと聞くよ」
「見た目だけ良ければ、それで神様は交信してくれたのか気になるところだな」
マルファさんはケラケラと笑っていました。マルファさんはいつも現実的な考えです。
だからきっと、思うところはいっぱいなんでしょうね。
「とりあえずここまでにしよう。次に向かうべき場所は分かった。ディートファーレの援護にいこう」
「そうですね。早く行きましょう!」
◆ ◆ ◆
私達が下の階へたどり着くと、そこには信じられない光景が広がっていました。
「あら、随分早かったわね」
「よそ見かい?」
「良いじゃない。少しだけ」
ディートファーレさんが私達を一瞬見た後、すぐにブレネンさんへ攻撃を仕掛けました。ディートファーレさんが左右に光球を発生させ、そこから光線が放たれました。
対するブレネンさんは一体化したもう一組の両腕を交差しました。光線は全て両腕が受け止め、お返しとばかりにディートファーレさんへ殴りかかってきました。
ディートファーレさんは前方の魔力障壁を生み出しますが、一撃で割られてしまいました。
「っ!」
顔と胴体を殴られたディートファーレさんは地面を転がります。幸いにもディートファーレさんはすぐに立ち上がりました。
「ディートファーレさん! 大丈夫ですか!?」
「えぇ……なんとかね。それよりも、必要な情報は全部得たのかしら?」
「はい! なので、助太刀します!」
「そっか、じゃあ
私とディートファーレさんの会話を聞いていたブレネンさんが鼻で笑います。
「今更遅いよ。ディートファーレ軍団長は僕の手によって死ぬのさ」
ブレネンさんは上機嫌で続けます。
「サンドゥリス王国軍団長がどれほどのものかと警戒していたのに、拍子抜けしたよ。まぁ、ここを守りながら戦っていたのが敗因かな? 条件が悪かったと思って、諦めてくれ」
次の瞬間、強烈な勢いで放たれた魔力の塊が、ブレネンさんの背中に繋がっている左腕を貫きました。
魔力の塊は勢いを落とさず、そのまま壁に着弾。爆発を起こしました。
「何だと……?」
「いやぁだいぶ気を遣ったわ。アメリア達が情報をしっかりと得るまで、ここをぶっ壊さないようにするのは大変だったわよ」
ディートファーレさんが右手を伸ばすと、その先には人間くらいある大きさの魔力の光球が現れました。
「貴方の目的はここを壊すことだったかしら? じゃあ貴方のご希望どおりにしてあげるわよ」
「ここを放棄するということかい?」
「いいえ、あとで建て直すわよ。ここって結構便利なところにあるから、遊ばせてなんていられないわ」
「では今の言葉は一体どういう意味だ」
「? 分からないのかしら?」
ディートファーレさんはなんと光球を握りつぶしました。右手が強烈に輝いています。
そしてディートファーレさんはまるで粉をまくように、ふわりと右手を動かしました。
チリと化した魔力がブレネンさんにかかりました。
「貴方にここを破壊されて喜ばれるくらいなら、私から建物をぶっ壊したくなっただけよ」
一瞬、チリが輝いたかと思ったら、巨大な爆発がブレネンさんを飲み込みました。一度だけではありません。チリの一つ一つが爆発を起こし、ブレネンさんどころか、ここの建物も破壊していきます。
その破壊の様子を見ていたマルファさんが口を開けたまま固まっていました。
「で、でたらめが過ぎねぇか……!? あんな魔力の粒子一つ一つに込められていて良い威力じゃねぇぞ!?」
「いやぁ、ディートファーレの奥の手を見られたのは久しぶりだね」
「エイリス、知ってたんなら教えろよう! 研究したのに!」
「今見られたからいいだろ?」
「そういう問題じゃねえ!」
もはや建物が建物としての機能をなしてない状態です。爆発も一通り落ち着き、ディートファーレさんは倒れていたブレネンさんのところへ歩み寄ります。
「あえて生きているかは確認しないわよ。九割殺しのつもりで攻撃したから、あとの一割でなんとか生を掴み取りなさいな」
終わってみれば、なんともあっけなかったです。一瞬、と言っても過言ではありません。
ディートファーレさんはこんなにもすごいのだと、直に感じ取ることが出来ました。
「ふー。油断できない相手だったわね」
「ディートファーレ、ありがとう。おかげでボク達は必要な情報を掴めたよ」
「それは結構。すぐにでも行くのかしら?」
「そうだね。君達が繋いでくれた情報、無駄にはしないよ」
「ねぇ、エイリス。これ、王様に怒られるやつだと思う?」
「嫌味は避けられないだろうね」
その返しが分かっていたのか、ディートファーレさんは楽しそうに笑っていました。
「でしょうね。じゃあ、いつものように貴方の名前を借りるわね」
「もちろん。いくらでも使ってくれて構わないよ」
こういったことはおそらく初めてではないんだろうな、というやり取りでした。
エイリスさんが私達の方へ向き直ります。
「アメリア、マルファ。行こう、勢いのあるうちに行動が吉だ」
「もちろんです! 行きましょう!」
私達が移動しようとした時、ディートファーレさんが呼び止めました。
「アメリア、きっちりぶっ飛ばしてきなさいね」
「はい!!」
〈天空階段〉。
私達にとっての最後の戦いが始まろうとしていました。