私達が王都を飛び出したのは、翌日でした。馬車を押さえる都合と、しっかり身体を休めるという理由で、一日ずらしています。
現在、私達は馬車に乗り込み、〈天空階段〉へ向かっていました。
「そういえば〈天空階段〉ってどれくらいの距離なんですか?」
「特に何も無ければ一日もあればたどり着くはずだ。途中休憩を挟みながら行こう」
「長いなー。あーあ、空間転移の魔法でも使えりゃな」
「無茶言うな。ガーフィ殿でようやく使えるから使えないかの世界だよ。……とは言え、気持ちは分かるよ」
空間転移の魔法。一瞬で望む場所へ移動できる大魔法中の大魔法です。
マルファさんは強い憧れを抱いているようですが、私としては話のレベルが大きすぎて、憧れの『あ』の字すら出てきません。
「結局サンハイルは現れなかったな」
「そうですね。このままサンハイルさんが現れる前に、全てを終えられるといいのですが……」
「それが理想だね。とはいえ、しっかりと想定しておこう。物事に絶対はないんだからね」
急に静かになりました。みんな、それぞれ考え事をしているようです。
私は、考え事をしています。主に、この戦いが終わった後のことです。
「なぁお前らさ」
マルファさんが切り出します。
「この戦いが終わったらどうすんだ?」
マルファさんにしては珍しく、ふわっとした話題です。
「わたしらはなんていうか、いつの間にか太陽の魔神を倒すための戦いをしているじゃん? つまり、太陽の魔神をどうにかするのが旅の目的だ。それが終わったら、わたしらどうなるんだろうな」
「ボクは元々、隙あらばアメリアからカサブレードを頂くために同行している。今もその気持ちがないといえば嘘になる」
「わたしは最初、アメリアから金を巻き上げようとして、そこから色々あって付き合ってんだよな」
改めて思い出すと、きっかけは小さなものでした。
カサブレード、そしてお金を巻き上げられそうになった事件。どれも今思えば笑い話です。
だから、私はつい呟いてしまいました。
「これからも一緒にいたいですねぇ」
マルファさんとエイリスさんが私の方を見ました。
あれ? そんなにおかしいことを言ったでしょうか? ですが、私の心配とは裏腹に二人は笑みを浮かべていました。
「はは! そうだな。お前ら見てると飽きないからな。それに、わたしらほとんど冒険者ギルドの依頼受けてねーだろ。じゃんじゃん稼いで、冒険者の等級も上げないとな」
「ボクもアメリアと同じ意見かな。それに、君達といると、まだまだ未知の古魔具と出会えそうだ。考えるだけでワクワクする」
なんだかんだ意見が一致していたことに、私は安心しました。
もしもこの気持ちが私だけだったら、少し寂しかったです。
二人共違う意見だったらどうしていたんだろう。……もしかしたら、二人がいない地でメイドの仕事を探していたかもしれません。
「私、これからもエイリスさんとマルファさんと一緒にいたいです。だから、太陽の魔神を倒しましょう。難しいことは早く終わらせて、新しい旅に出たいです」
「そうだね。今回はボクもしっかりと戦力になるよ。新兵器も作ってきたんだ」
「まーそれを言うなら、わたしもだな。とっておきがある」
「二人共いつの間に!?」
すると、二人は口を揃えて言いました。
私は意外な名前が出てきたので、ついオウム返しをしてしまいました。
「〈日食の神殿〉でヒントを?」
「そうだね。ボクは頭の中にとある設計図が浮かんできたんだ。かなり実現できそうだったんで、昨日の夜中に製作を頑張ったよ」
そう言いながら、エイリスさんは背負っている筒をちらりと見ました。あれが、その製作物なのでしょうね。
「わたしもだ。なんでこの魔法を思いつかなかったんだって自分を殴りそうになっちまったよ」
あそこで力を得たのは私だけではなかったようですね。
頼もしいです。今の私達なら、サンハイルさんも、そして太陽の魔神も倒せるかもしれません。
「皆さん、頑張りましょう。頑張ってどうにかなるか分かりませんが、とにかく頑張りましょう!」
「はは、アメリアは相変わらず単純だな」
「だけど、その気持ちこそ物事が上手くいくコツなんだと思う」
雑談や小休憩を挟みつつ、私達は順調に目的地へ向かいました。
◆ ◆ ◆
馬車で直接〈天空階段〉へ行くことは出来ません。途中、山道を歩かなければなりません。
ここからが本番です。なんせ、あの地図通りなら、こここそが一番の危険ポイントだからです。
「とうとう来たね。皆、ここからは油断禁物だよ」
馬車が去っていきます。これでもう、すぐに撤退することは出来ません。ただ前へと進むしかない状態です。
幸い、歩けそうな道がはっきりしているのが救いです。はるか昔に資材や人が通っていたということが分かるような道でした。
早速歩いていると、嫌な気配が近づいてきました。
「来た! 皆、戦闘準備だ!」
熊の身体に鹿の頭部を合わせたような魔物が飛び出してきました。
目の焦点が合っておらず、筋肉が妙にビクビクと動いています。ひと目見て、普通の状態ではないことだけは伝わりました。
「と言っても、ここは任せてくれ。一番槍はボクがもらおう」
エイリスさんが背中の筒から抜いた物を見て、私は驚きの声をあげました。
「それって!」
「あぁ、これがボクにとってのカサブレード。〈カサブレード・イミテーション〉、長いから〈カサミテーション〉とでも呼ぼうか」
ところどころ魔具らしさが強調されたデザインですが、外見は間違いなくカサブレードでした。
エイリスさんはカサミテーションを構え、駆け出しました。
魔物ががむしゃらに腕を振るいます。不自然に筋肉が脈打つ腕から繰り出される攻撃は明らかに重そうです。直撃すれば、一撃で身体がへし折れてしまいそうです。
「これには身体能力強化の魔法が発動する仕組みがあるんだ」
そう言いながら、エイリスさんはカサミテーションをくるくると回転させ、魔物の攻撃を受け流していきます。
私ならきっと立ち止まり、カサブレードを盾にしていたことでしょう。
元々エイリスさんは剣術の心得があるからこそ出来る防御方法なのでしょう。
「そうれ!」
攻撃が止まった瞬間、エイリスさんは跳躍し、魔物の顔面へカサミテーションを叩きつけました。
あれだけの巨体が後ろに押されました。なんという力でしょう。
「よし、感覚は良いね。それじゃあ、ここからが本番だよ」
油断なくカサミテーションを構え、エイリスさんは言いました。