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第106話 飛んで火に入る

 太陽の魔神が私の精神世界に干渉してきたのは、これで三回目になります。


『我の意識の一部が貴様の中に入り込んだのは、あの屋敷のときだ』

「あの屋敷……? ッ! もしかしてガルヘイン・タオコール様の屋敷!? 私がカサブレードに選ばれた場所ですか!?」

『カサブレードが主を探していたのと同じく、我も意識を彷徨わさせていたのだ。そして、カサブレードが貴様を選ぶ刹那、我の意識も貴様に滑り込ませたのだ』

「だから私の精神世界に干渉出来た……! でもどうしてですか!? 何故そんなことを!?」

『カサブレードに選ばれるほどの素質があるのなら、その力を掠め取り、意識を増幅させることは容易い。なので、我の一部はお前の中に留まらせ、機を伺っていた』

「最初から、この瞬間が狙いだったのですか」

『そうだ。そして、今! 育った果実の収穫が始まる』


 太陽の魔神の姿形が変わっていきます。まず身体が巨大化しました。次に二本の足は結合し、太陽を思わせる球体になりました。両腕は巨大化し、より攻撃的な形へと変わります。

 これが太陽の魔神の本当の姿だということでしょうか。


『諦めよ。そして、享受せよ。これこそが太陽の魔神の寵愛なり』


 太陽の魔神が腕を振るうと、無数の火球が私に襲いかかりました。私は避けようと、足に力を込めました。

 すると、今までにない速度で、私の身体が動きます。


「えっ!?」


 実際の速度に間隔が追いついていません。地面らしき箇所を何度も転んでしまいます。そうしている間にも、火球は私を飲み込まんとしています。


「!」


 カサブレードを何度も振るい、火球を弾き飛ばします。しかし、とうとう防御しきれず、気づけば、炎の海の中にいました。


「ああああ!!」


 熱と、痛みと、そして恐怖が私を蹂躙します。

 これが本気を出した太陽の魔神の力……!

 防御しよう、と思ったことがまず間違いでした。そんなちっぽけな行動など、全て燃やし尽くしてやるとばかりに、飽和攻撃を仕掛けてきます。


「でも、いつまでもこうしては!」


 カサプロテクトを使い、全身に防御障壁を生成。炎が消えるまで、私はうずくまっていました。


『思った以上にしぶとい! 流石は貴様自身の世界なだけある!』

「……今、貴方が私の世界にいるのは何故ですか?」

『んー?』


 カサブレードを杖にし、私はなんとか立ち上がりました。


「現実世界? で貴方は私を飲み込みました。それがどうして貴方は私の世界にいるんですか? そのまま私を貴方の一部にすれば良かったのに」


 私は思わず、疑問をぶつけてしまいました。

 太陽の魔神の目的が私と一つになることならば、さっさとそうすれば良いんです。私の身体を飲み込んだのなら、それくらい出来るでしょうに。

 太陽の魔神は沈黙していました。


 ――何で、黙っているんでしょうか?


 饒舌な太陽の魔神が、こうもあからさまに私の言葉を流すのは妙です。


『貴様のような人間には理解できまい』


 あ、嘘だ。

 メイドとしての経験が――ずっと誰か・・を見てきた私の経験が、それは嘘だと言っています。

 何ででしょうか。根拠はありません。だけど、あまり良い気分のしていない人特有の匂い・・がしました。

 そうです、都合の悪いことを言われた方は、皆こういう反応をしていました。

 太陽の魔神を人間と同じにして良いのかは少し悩みますが、こういう時は自分の経験に素直になるのが良いに決まっています。


「理解、できない」

『そうだ。貴様は大人しく我の手に包まれるべきだ』


 この時間は呼吸を整えるとともに、太陽の魔神の真意を探る時間です。一秒たりとも無駄には出来ません。

 考えろ……アメリア、考えるんです。ポンコツメイドにだって、しっかり考えることくらいは出来ます。


 整理しましょう。

 太陽の魔神は現実世界で身体を崩壊させた直後、私を飲み込み、それで私達は精神世界に来ました。私は今、精神世界で太陽の魔神と戦っています。

 ……何故?

 太陽の魔神ほどの力を持っているなら、さっさと私の全てを奪い取ればいいのに。



 もし、そうすることの出来ない事情があるのだとしたら?



 私は思わず、その言葉を口にしました。


「……それほどまでに太陽の魔神は力を失っていて、あるいは取り戻せていない。だから精神世界でという存在を消し去ることで、私の身体、あるいはカサブレードを手に入れようとしている……」

さかしいなァ! 知らぬ間に消えていれば良いものをッ!』


 太陽の魔神が両腕を水平に広げると、そこから炎の刃が飛んできました。とてつもなく巨大です。避けられる気がしません。

 私はカサブレードを正面に構え、炎の刃を迎え撃ちます。


「ッ……!!」


 炎の刃はまるで鋼鉄のように重かったです。手首の骨が砕けるのではないかという衝撃。おまけに炎の熱が私を徐々に蝕みます。

 私はカサブレードの持ち方を少し変え、一息に力を入れました。

 すると炎の刃は僅かに軌道を変え、私の頭上を飛んでいきます。即席のテコです。しかし、こんな方法がいつまでも通用するわけがありません。


 私は意を決し、太陽の魔神へ突撃します。


『飛んで火に入ったな』


 太陽の魔神が息を吹きかけるような仕草をすると、吐息から無数の小さな火炎弾が生み出されます。

 急停止。太陽の魔神を中心に円を描くような軌道で逃げます。

 ですが、火炎弾は私を追いかけて飛んできます。そこまで速いわけでもありませんが、時間の問題でしょう。


 カサブレードで叩き落とすか、安全にカサプロテクトを使うか。カサブレードは一本だけ。一つの形態にすれば、他の形態は使えない。

 悩みましたが、私はカサプロテクトを使うことにしました。ここで体力を使い切るには早すぎます。


「カサプロテクトォ!!」


 カサブレードを開くと、防御障壁が生まれました。火炎弾は吸い込まれるようにカサプロテクトへ当たっては爆ぜていきます。

 攻撃力的には大したことはなさそうです。問題はその数。いくら大したことなくても、それが積み重なればとてつもない威力になります。


 空が暗くなりました。――空!? この精神世界でそんなものあるわけがない!


『防御していれば、我が追撃しないとでも思ったか。甘いなァ』



 太陽の魔神がまるでハエを叩き潰すかのように、巨大な手を私に叩きつけてきました。

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