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第109話 正しき光を

 ――タダシキモノヨ。トウトウココマデキタ。


 その声は忘れるはずがありません。この声がしたあと、私はカサブレードに選ばれたのですから。

 私はなんとなく、その声の主が誰なのか分かりました。


「カサブレード、なんですよね」

『その通りだ。私はカサブレード。太陽の魔神のカウンターにして、月を宿した聖剣だ』

「なんで出てきたんですか? 何か理由が?」

『今こそが太陽の魔神を決定的に滅ぼす瞬間だからだ』

「! じゃあ、太陽の魔神を本当に滅ぼすことが……!?」

『だが、条件がある』


 私は反射的にその条件を聞いていました。

 ここまで来たのなら、徹底的にやるしかありません。



『己の全存在を懸けて、私を投擲するが良い。そうすれば、私は一つの矢として、太陽の魔神を射抜いてみせよう』



 私の全存在。つまり、命と引換えにということでしょうか。

 そうですか、私を捧げれば、全てが救われるのですか。なら、それでも良いかもしれませんね。私という一を犠牲にすれば、全を救えるのだから。

 世界のことを考えれば、すぐにでも受け入れるべきですね。

 即答しましょう。



「嫌です。何か別の方法を考えてください」



 絶対に嫌です。

 私はこれからも生きて、メイドの仕事をしたいんです。こんなところで死にたくありません。


『拒むのか? これしかないとしても?』

「拒みます。すごいって言われる聖剣がそんなことしか出来ないなんて嘘ですよね?」

『私を試すか。こんな使い手、過去に見たことがない』

「私はポンコツですがメイドです。見たことあるわけないじゃないですか」


 私は言葉を続けました。


「お願いします。他に何かあるのなら教えてください。私は生きて、皆のところに帰りたいんです」


 カサブレードが笑います。


『なるほど。どこまでも強欲で、自分勝手。しかし、決して汚い欲があるわけでもない。――だからこそ選んだ』

「どういうことですか?」

『お前を試した、ということだ。さぁ私を太陽の魔神へ投げ込め』


 私が何か言おうとする前に、カサブレードが先に喋りました。


『別にお前の命は要らん。投げ込むだけでいい。そうすれば私は太陽の魔神を連れて行く』

「それって、貴方はどうなるんですか?」

『この世界から消える。なぜなら私は太陽の魔神のカウンターとして作り上げられた存在。対象がいなくなれば、カサブレードという存在は不要になるだろう』


 太陽の魔神の膨張が止まりません。

 今この瞬間に手を打たなかったら、手遅れになる。そんな確信がありました。


「カサブレード……良いんですね」

『確認を取るまでもないだろう。私はそういう存在だ。早く使命を果たさせてくれ』


 私はカサブレードを逆手に持ち、槍を投げるように構えます。


「カサブレード」

『何だ』

「今までありがとうございました。貴方に選ばれたから、今の私があります」

『違うな。私が選んだからではない。お前が無数の選択肢を選び取ったから、今があるのだ。――さぁ、やれ』


 太陽の魔神目掛けて、カサブレードを投げました。

 カサブレードはまるで流れ星のように、一直線に飛んでいきます。そして太陽の魔神の中心へ、音もなく吸い込まれていきました。

 私の視界が光で包まれます。暖かな光。心が穏やかになっていきます。


『アメリアよ』


 光で何も見えない中、カサブレードの声が聞こえます。

 きっとこれが最後の会話なんだろうな、と思いました。


『正しき者よ。礼を言う。これで全てが終わる』

「こちらこそ、ありがとうございました」

『健やかに過ごすが良い。そして、いつも心に正しき光を』

「――はい!」


 そこで、私は意識を失いました。



「アメリア!」



 次に聞こえてきたのは、エイリスさんの声でした。

 目を開くと、そこには心配そうに私の顔を見る二人がいました。


「アメリア! おい! 目を覚ませよ!」

「アメリア……頼む、戻ってきてくれ」


 二人が倒れている私の手を握っていました。両手に暖かさを感じます。


「二人とも……ありがとう、ございます」

「! アメリア、目を覚ましたんだね!? 大丈夫かい!? どこかおかしいところはないかい!?」

「だ、大丈夫です。ありがとうございますエイリスさん」

「おいアメリア、死ぬ寸前とかじゃねえよな!? 大丈夫なんだよな!?」

「あはは……全然だいじょうぶですよ、マルファさん」


 身体に力が戻ってきたので、上半身だけ起こしました。


「私はあの時、太陽の魔神に何をされていたんですか?」

「太陽の魔神は君を包みこんだあと、まるでモヤのように姿を変えたんだ。すると、どんどんアメリアの中に入っていったんだ」

「お前はぶっ倒れるし、太陽の魔神は完全に気配を消したしで、もうめちゃくちゃだったぞ」

「今度はボク達からアメリアに質問だ。あのあと、アメリアの身に何が起こっていたんだい?」


 私は自分の中の整理も込めて、ゆっくりと話し始めました。

 流れとしてはシンプルだったようです。現実世界に維持できないほどのダメージを受けた太陽の魔神は最後の力を振り絞り、私の精神世界に侵入。そして、精神世界の私とカサブレードを消したあと、自分の制御下に置くつもりだったのでしょう。

 ですが、太陽の魔神はカサブレードごと存在を消した。


 私の話を聞いた二人は理解が追いついていないようでした。

 少しの沈黙の後、エイリスさんが質問を変えました。


「つまり、太陽の魔神を打倒出来たってことかい? 封印とか、そういうことじゃなくて?」

「そうなりますね」

「んじゃ、わたし達の戦いは終わったってことか?」

「そういう……ことでしょうね」


 こう返してはみましたが、私も正直、戦いが終わった感じはしません。

 私達はしばらくの間、ほうけていました。

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