「おっと、ボクとしたことが……。すっかりらしくないことをしていた」
我に返ったエイリスさんは私達を見ました。
「まずは気持ちに整理をつけよう。ボク達は――正確にはアメリアは太陽の魔神を打ち倒すことが出来た」
「はい。カサブレードは無くなってしまいましたが、そういうことになりますね」
「カサブレード……くっ。残念が過ぎるよ」
エイリスさんの表情は本当に悔しそうでした。なんなら血涙でも流れるのではないかと思ったくらいです。
「それにしても、わたしらの知らない間にそんなすげー戦いをしていたなんてな」
マルファさんが続けます。
「やるじゃねーか、アメリア」
「えへへ。ありがとうございます」
「そんなに褒めてねーよ。恥ずかしいから照れんな」
プイ、とマルファさんが顔をそらします。言葉こそ強いですが、耳が真っ赤なので、何も怖くありません。
「あの、サンハイルさんはどうなったんでしょうか」
「……さぁ、ボクは分からないな。マルファは分かるかい?」
「わたしに聞くなよ。わかんねーよ」
「そう、ですか……」
「あれだけこっぴどく太陽の魔神に遊ばれたんだ。その結末なんて、想像もできねーよ。だからもうあいつのことは考えるな、忘れろ」
確かに、サンハイルさんは太陽の魔神に飲み込まれました。
太陽の魔神が消滅したことを考えても、サンハイルさんはきっともう……。
「さ、帰ろうか。ここにはもう何も無い」
「だな。はー、〈天空階段〉の頂上から下りるのだるいな」
「ここまで来たら、もう覚悟を決めるしかないよ。さ、早く帰ろう」
こうして、私達の戦いは終わりを迎えることになりました。
終わってしまえば、あまりにも呆気ないものでした。
あとはそれぞれ、日常へ帰るだけです。
「……」
私はカサブレードを出してみようと、心の中で念じてみましたが、どうやっても出現しません。
あの時、あの精神世界での戦いで、私はカサブレードを放棄することが出来たんです。
寂しくないといったら、嘘になります。あの死闘を乗り越えた相棒。カサブレードがなければ、私はエイリスさんやマルファさんに出会うことはなかったでしょう。
だから私は何度もこの言葉を繰り返します。
「ありがとう。カサブレード」
◆ ◆ ◆
「ふぅ……青い空、白い雲、目の前には洗濯物。最高の眺めですねぇ」
あれから二週間が経ちました。
私達は一度、それぞれの時間を過ごそうということで、話がつきました。
その際、私達はある約束をしたのです。
――二週間、いや一か月かな。ボク達にとって、いつもの場所に集まろう。
あえてエイリスさんは来なかった場合のことを言いませんでした。
これはエイリスさんの優しさだと、私達は理解していました。私達には選ぶ権利があります。
集まってもいい、気が変わって、これをもってさよならになるのかもしれない。
人生は出会いと別れの繰り返し。もしもうなったとしても、言いっこなしなのです。
この二週間の間、私はとある侯爵様のお屋敷で働いていました。
といっても、腰を据えての現場ではありません。
一か月間限定のアルバイトです。
久しぶりのメイド業務は楽しいの一言でした。全てが私にとっての活力となります。
まさに天職。やはり私はメイド業務をやるのが楽しいのでしょうね。
「アメリア、少し良いかしら」
声をかけてきたのは、このお屋敷のメイド長でした。
私はもちろん頷き、メイド長に連れられ、メイド長の執務室へ入りました。
「仕事は順調かしら?」
「はい! 掃除も洗濯もお料理も、全て楽しいです!」
「そう、それは良かったわ」
すると、メイド長は少し前のめりになりました。
「単刀直入に言うわ。一か月を過ぎても、ウチで働かないかしら?」
「……え?」
「駄目かしら?」
「だ、駄目というか、私なんかで良いのでしょうか? という確認でした」
「良いに決まっているじゃない。貴方の情熱とスキルは本物よ。これからも私の右腕として、いやゆくゆくは私の後継者として、この屋敷を維持していってほしいの」
あまりにも突然の言葉に、私は驚いてしまいました。
まさか私のようなポンコツメイドをそこまで評価してもらえるなんて……。感激です。
ですが、
「……ちょっと、考えさせてもらえないでしょうか?」
「えぇ、いいわよ。突然の話だったものね。返事は最終日に聞かせてもらえないかしら。良い返事がもらえるのなら、すぐに契約を結べるように準備しておくわ」
その日の夜、私はあてがわれた部屋でメイド長のお誘いについて、考えていました。
「メイド業務……また私はお屋敷でメイドとして働くことが出来る」
前の私なら、喜んで頷いていたでしょう。
ですが、そうはならなかったんです。
頭をよぎるのは、エイリスさんとマルファさんのことです。
「私……どうすれば良いんでしょうか」
その問いに答えてくれるエイリスさんとマルファさんはいません。
寝てしまおう。そう思っていると、風が吹き込みました。
「風?」
そこで私は気づきました。
窓を閉めているのに、風が吹き込むなんてことはありえない。
「――よう、アメリア」
忘れるはずがありません。
そこにいたのは、サンハイルさんでした。血みどろで、ズタボロ。しかし、眼だけはギラギラしていました。
「さ、サンハイルさん……!」
私は無理やり思考を続けます。気を抜けば、現実逃避をしてしまいそうでした。