サンハイルさんは襲い掛かってくるわけでもなく、私をただ黙って見ていました。
「太陽の魔神を倒したようだな」
私はどう返そうか悩みました。うやむやにして逃げるべきか、それとも正直に言うか。
迷っていると、サンハイルさんは鼻で笑いました。
「何を誤魔化そうとしているのか分からないが、もう倒したことは知っているぞ」
「……何の用ですか?」
「羨ましいよなぁ」
「はい?」
「俺は太陽の魔神を屠ることが目的だった。俺と同じような奴が存在しているのが気に食わなかったからな」
私はいまいち、話の流れが見えていませんでした。そういう目的ならば、もうサンハイルさんの戦いは終わっています。
あとはもう、何もありません。私とサンハイルさんはもう二度と会うことはないはずなのです。
「ごめんなさい。正直、私はサンハイルさんが何を言っているのか、全く分かりません」
「〈天空階段〉で太陽の魔神が倒された瞬間、俺は全てを悟ったよ。俺が俺となった瞬間。雲が消え、心は快晴となった。なのに、だ」
サンハイルさんは徐々に感情を高ぶらせていきます。
「俺は絶望したよ。そして俺は、〈天空階段〉から飛び降りた」
「!?」
エイリスさん達が微妙な反応をしたのは、そういうことだったのですね。投身自殺。あれほど執念深く私達を追い詰めておきながら、その末路は流石に予想できませんでした。
「もしそれで死ぬなら、それでも良かったんだ。そう思ったんだがな。けど生きちまった」
サンハイルさんはボロボロの体を引きずるように、私へ迫ってきます。
「だったらよ。ケジメをつけるしかねぇんだ。俺が俺であると、上を向けるように。俺は太陽の魔神を倒したお前を倒す」
「そんな勝手な……! 私はもう貴方と戦う気はありません!」
そもそも私にはもうカサブレードはありません。ですが、それをサンハイルさんにバラすわけにはいきませんでした。
ぎりぎりの状態。もしカサブレードを使えないことを悟られたら――絶対に隠し通すしかありません。
「明日の夜だ」
「え?」
「明日の夜、俺はまたここに来る。お前もここに必ず来い。もし来なければ、俺はお前が働いている屋敷を破壊する」
「そん、な……! あの人達は関係ないじゃないですか!」
「そうだな。だけど、俺は目的のためなら、そういう関係ない奴らも巻き込む。だから、来い。必ず」
サンハイルさんはくるりと背を向け、体を引きずるように歩いていきます。
「あぁ、そうだ。太陽の魔神にトドメを刺したのはお前だろう? なら、お前一人だけで来い」
私はその場から動くことが出来ませんでした。彼の背を狙うことも、今すぐに屋敷へ走って戻ることも、そのどちらも。
「どうしよう……。本当に、どうしよう」
エイリスさんとマルファさんに助けを求めるべきでしょうか。ですが、サンハイルさんは一人で来いと言っていました。
それを破ればどうなるか。思い描く最悪のパターンとして、最初から私達に倒される前提で戦い、敗れる間際に屋敷を道連れにすること。
必ずやるとは思っていません。だけど、サンハイルさん相手なら、そういう可能性を真剣に考慮する必要があります。
やるしかない。
私の中の結論は、最初から決まっていたのかもしれません。
私が一人で行って、一人で戦う。
カサブレードのない私がどれくらい戦えるか分かりませんが、そうするしかないでしょう。
「今度こそ、駄目かもしれませんね」
明日、か。
エイリスさん、マルファさん。ごめんなさい。もしかしたら約束を守れないかもしれません。
◆ ◆ ◆
翌日の夜。部屋に行くと、サンハイルさんが立っていました。
私はサンハイルさんに連れられ、屋敷から離れた平原へ移動しました。
「約束通り一人のようだな」
「これで屋敷や皆に手を出さないでくれるんですよね」
「当然のことを聞くな」
サンハイルさんの右手から魔力がどろりと溢れ、やがて手斧の形へ変わりました。
「さぁ、やろうじゃないか。太陽と月の、最後の戦いだ」
太陽の残滓、サンハイルさんが襲い掛かってきました。
「っ!」
私は距離を取りました。今の私にはカサブレードはありません。ですが、カサブレードを使い続けた影響で、身体能力が少しばかり向上していました。
一方的に殺されるわけではないものの、これがいつまで続くか分かりません。
「サンハイルさん! もう良いんじゃないですか!? いい加減自由になってください!」
「何から!」
「太陽の魔神からです!」
「身体だけの話だな? 俺の心はまだまだ太陽の魔神に囚われている!」
防御魔法は一つも使えません。手斧が掠りますが、向上した自己治癒力により、掠り傷程度ならすぐに塞がります。
試しに、蹴りを繰り出してみました。何にも遮られることはなく、サンハイルさんの腹部にめり込みます。
「あぁん?」
しかし、サンハイルさんの表情は苦痛に歪むどころか、怒りの形相に変わっていきます。
「ふざっけんじゃねぇぞ!」
「ウッ!」
手斧を振りかぶるサンハイルさん。しかし、手斧は途中で止まり、空いた左手が私の首へ伸びてきました。
あっという間に首を掴まれてしまい、私の体は宙に浮きます。
「おいおいおいおいおいおいおい。なんだよこれ? なんでカサブレードを使わない?」
「ぐっ……かはっ……!」
「どうとでもなるよなぁ!? 対処できるよなぁ!? カサブレードでどうにかしていたよなァ!?」
私の首がどんどんしまっていきます。なんなら、へし折られてしまいそうでした。
まずいです。視界がチカチカと光ってきました。呼吸をしている感覚が薄くなり、体の力も徐々に抜けているように感じます。
本当にまずいです。死が明確に見えてきました。
「お前さ、カサブレード使えないの?」
とうとう気づかれてしまいました。むしろ、よくここまで気づかれなかったな、と自分を褒めてやりたいです。
どうやら自分の中で確信があるようで、私のリアクションは見ていませんでした。
「……なんとなく怪しいとは思っていたよ」
サンハイルさんの表情がどんどん冷たくなっていきます。
「でもまぁ、俺の心の整理をつけたい。死ねや」
更に握力が高まります。
意識の糸が、切れ――。