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第111話 太陽の残滓、サンハイル

 サンハイルさんは襲い掛かってくるわけでもなく、私をただ黙って見ていました。


「太陽の魔神を倒したようだな」


 私はどう返そうか悩みました。うやむやにして逃げるべきか、それとも正直に言うか。

 迷っていると、サンハイルさんは鼻で笑いました。


「何を誤魔化そうとしているのか分からないが、もう倒したことは知っているぞ」

「……何の用ですか?」

「羨ましいよなぁ」

「はい?」

「俺は太陽の魔神を屠ることが目的だった。俺と同じような奴が存在しているのが気に食わなかったからな」


 私はいまいち、話の流れが見えていませんでした。そういう目的ならば、もうサンハイルさんの戦いは終わっています。

 あとはもう、何もありません。私とサンハイルさんはもう二度と会うことはないはずなのです。


「ごめんなさい。正直、私はサンハイルさんが何を言っているのか、全く分かりません」

「〈天空階段〉で太陽の魔神が倒された瞬間、俺は全てを悟ったよ。俺が俺となった瞬間。雲が消え、心は快晴となった。なのに、だ」


 サンハイルさんは徐々に感情を高ぶらせていきます。


「俺は絶望したよ。そして俺は、〈天空階段〉から飛び降りた」

「!?」


 エイリスさん達が微妙な反応をしたのは、そういうことだったのですね。投身自殺。あれほど執念深く私達を追い詰めておきながら、その末路は流石に予想できませんでした。


「もしそれで死ぬなら、それでも良かったんだ。そう思ったんだがな。けど生きちまった」


 サンハイルさんはボロボロの体を引きずるように、私へ迫ってきます。


「だったらよ。ケジメをつけるしかねぇんだ。俺が俺であると、上を向けるように。俺は太陽の魔神を倒したお前を倒す」

「そんな勝手な……! 私はもう貴方と戦う気はありません!」


 そもそも私にはもうカサブレードはありません。ですが、それをサンハイルさんにバラすわけにはいきませんでした。

 ぎりぎりの状態。もしカサブレードを使えないことを悟られたら――絶対に隠し通すしかありません。


「明日の夜だ」

「え?」

「明日の夜、俺はまたここに来る。お前もここに必ず来い。もし来なければ、俺はお前が働いている屋敷を破壊する」

「そん、な……! あの人達は関係ないじゃないですか!」

「そうだな。だけど、俺は目的のためなら、そういう関係ない奴らも巻き込む。だから、来い。必ず」


 サンハイルさんはくるりと背を向け、体を引きずるように歩いていきます。


「あぁ、そうだ。太陽の魔神にトドメを刺したのはお前だろう? なら、お前一人だけで来い」


 私はその場から動くことが出来ませんでした。彼の背を狙うことも、今すぐに屋敷へ走って戻ることも、そのどちらも。


「どうしよう……。本当に、どうしよう」


 エイリスさんとマルファさんに助けを求めるべきでしょうか。ですが、サンハイルさんは一人で来いと言っていました。

 それを破ればどうなるか。思い描く最悪のパターンとして、最初から私達に倒される前提で戦い、敗れる間際に屋敷を道連れにすること。

 必ずやるとは思っていません。だけど、サンハイルさん相手なら、そういう可能性を真剣に考慮する必要があります。


 やるしかない。


 私の中の結論は、最初から決まっていたのかもしれません。

 私が一人で行って、一人で戦う。

 カサブレードのない私がどれくらい戦えるか分かりませんが、そうするしかないでしょう。


「今度こそ、駄目かもしれませんね」


 明日、か。

 エイリスさん、マルファさん。ごめんなさい。もしかしたら約束を守れないかもしれません。



 ◆ ◆ ◆



 翌日の夜。部屋に行くと、サンハイルさんが立っていました。

 私はサンハイルさんに連れられ、屋敷から離れた平原へ移動しました。


「約束通り一人のようだな」

「これで屋敷や皆に手を出さないでくれるんですよね」

「当然のことを聞くな」


 サンハイルさんの右手から魔力がどろりと溢れ、やがて手斧の形へ変わりました。


「さぁ、やろうじゃないか。太陽と月の、最後の戦いだ」


 太陽の残滓、サンハイルさんが襲い掛かってきました。


「っ!」


 私は距離を取りました。今の私にはカサブレードはありません。ですが、カサブレードを使い続けた影響で、身体能力が少しばかり向上していました。

 一方的に殺されるわけではないものの、これがいつまで続くか分かりません。


「サンハイルさん! もう良いんじゃないですか!? いい加減自由になってください!」

「何から!」

「太陽の魔神からです!」

「身体だけの話だな? 俺の心はまだまだ太陽の魔神に囚われている!」


 防御魔法は一つも使えません。手斧が掠りますが、向上した自己治癒力により、掠り傷程度ならすぐに塞がります。

 試しに、蹴りを繰り出してみました。何にも遮られることはなく、サンハイルさんの腹部にめり込みます。


「あぁん?」


 しかし、サンハイルさんの表情は苦痛に歪むどころか、怒りの形相に変わっていきます。


「ふざっけんじゃねぇぞ!」

「ウッ!」


 手斧を振りかぶるサンハイルさん。しかし、手斧は途中で止まり、空いた左手が私の首へ伸びてきました。

 あっという間に首を掴まれてしまい、私の体は宙に浮きます。


「おいおいおいおいおいおいおい。なんだよこれ? なんでカサブレードを使わない?」

「ぐっ……かはっ……!」

「どうとでもなるよなぁ!? 対処できるよなぁ!? カサブレードでどうにかしていたよなァ!?」


 私の首がどんどんしまっていきます。なんなら、へし折られてしまいそうでした。

 まずいです。視界がチカチカと光ってきました。呼吸をしている感覚が薄くなり、体の力も徐々に抜けているように感じます。

 本当にまずいです。死が明確に見えてきました。


「お前さ、カサブレード使えないの?」


 とうとう気づかれてしまいました。むしろ、よくここまで気づかれなかったな、と自分を褒めてやりたいです。

 どうやら自分の中で確信があるようで、私のリアクションは見ていませんでした。


「……なんとなく怪しいとは思っていたよ」


 サンハイルさんの表情がどんどん冷たくなっていきます。


「でもまぁ、俺の心の整理をつけたい。死ねや」


 更に握力が高まります。



 意識の糸が、切れ――。

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