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第112話 知能ある魔物 1(マルファ視点)

 わたしは今、冒険者ギルドの片隅にいた。より正確に言えば、あいつらと座っていたいつもの場所にいた。

 何も驚くことはない。わたしは元々冒険者だ。だからわたしは太陽の魔神との決戦後、冒険者に戻っていた。といっても、一か月の間は簡単な依頼をこなすだけだがな。

 もっと大きな依頼は、あいつらとやりたい。


「へっ。昔のわたしが見たら、鼻で笑うんだろうな」


 変化があったといえば、わたしのこの言動だ。今ではすっかり猫を被るのを止めてしまった。

 昔はもっと猫を被っていた。そうして交渉ごとに弱い奴を食いちぎってきた。それが今ではどうだ。

 たまに酒を奢ってもらいたいときに猫なで声になるだけだ。


 最初こそ慣れずに変な感じだったけど、今となってはすっかり馴染んだように思う。

 慣れてしまえば、むしろこっちのほうが落ち着くまであるかもしれない。


「わたしも成長したってことなのかね」

「こんにちはマルファさん。少しいいですか?」


 声をかけてきたのは、この冒険者ギルドの女性職員だった。


「ん? 良いですけど」

「マルファさんは今、何か継続中の依頼ってありますか?」

「いや……ないな」

「一つ依頼を引き受けてもらえないかな、と」

「運搬系ですか?」

「いいえ。魔物の討伐任務です」


 こうやって職員から直接、依頼受注の打診をされることは珍しくない。

 女性職員から依頼書を渡された。中を読んでみると、拍子抜けしてしまった。


「なんだこりゃ。キラーラビットの討伐じゃん」

「そうなんですけど、かなり手こずっているようなんですよね」


 全然良く分からない。確かにキラーラビットは油断していると大怪我する魔物なのは間違いないさ。

 けど、決して冒険者ギルドの職員から直接対応を頼まれるようなレベルではないはずだ。

 そう考えているのが相手にも伝わったのか、女性職員は補足してきた。


「そのキラーラビット、異常に強いらしくて、結構返り討ちにされてしまっているようで……」

「異常に、ねぇ……」

「お願いします。この案件については、冒険者ギルドの方で追加報酬を支給することになりましたので、そう悪い話ではないはずです」


 追加報酬自体にはあまり興味はなかったが、その異常に強いとされるキラーラビットに興味が湧いた。

 わたしに困っている人を助けるような正義感はない。あるのは好奇心だけだ。そういうのは、アメリアだけで良い。


「良いよ、やる」

「! ありがとうございます! それではこちら、地図と詳細になります! よろしくお願いします!」


 こうしてわたしは不思議な依頼を受けることになった。

 こういう面白そうな依頼を受けたら、まずはアメリアやエイリスに話を持っていきたい。……そう思ったけど、止めた。

 もしかしたら約束の日以降、関係ない奴らになるかもしれない。そんなことを一瞬思ってしまったわたしは、連絡を取ることが出来なかった。


「……今回はわたしだけでやってみるか」


 冒険者ギルドの一角にある道具屋で最低限の道具を補充し、わたしは早速問題の場所へと向かうことにした。

 問題のキラーラビットは意外と近く、馬車を使えば十分ほどの距離にいた。どうしてそんなところに、そんな訳の分からんキラーラビットが出たんだろう。

 そんな疑問を頭に浮かべながら、わたしはとうとう現場へ到着した。


「お、おお……?」


 地面にはクレーターがいくつか出来ており、岩石も割れている。ここで激しい戦闘が起きたのだと推測される。

 わたしは念のため、攻撃魔法の準備をしつつ、キラーラビットの捜索を開始した。



『ふん、ふん、ふん』



 わたしは夢でも見ているのだろうか。

 筋肉ムキムキのキラーラビットが岩石を持ちながら、スクワットしているなんて、嘘だよな?

 キラーラビットがわたしの視線に気づいたようで、グリンとそのまん丸の目を向けてきた。


『やぁ、お嬢さん。良い筋トレ日和ですね。はっはっはっ』

「……」

『おや? どうしたのかな? もしかして口の筋肉が衰えてしまったのかな? そういう時は舌を口の中でグルグルと回すと――』

「そういうことを聞いてんじゃねえんだよ! なんで魔物が筋トレしてんだよ!」


 よく先走って攻撃しなかったな、と自分を褒めてやりたい。

 筋トレしてるのも意味分からんし、人語を解しているのがもっと意味分からねぇ。


『おかしなことを言うね? 魔物が筋トレをしては駄目なのかい?』

「いや、そういうわけじゃ、ねえんだけどよ」


 確かに魔物が筋トレをしているのが駄目なんて誰が決めたのだろう。すっかりペースを乱されてしまっている。

 いやいや、乱されんな。わたしはわたしだ。いつも通りやろう。

 わたしは攻撃の準備を進めながら、とりあえずキラーラビットへ宣戦布告をしてみた。


「お前、結構殺してんだろ。だから討伐しに来たぞ」

『殺していないが……。ただ、私を脅かしに来た輩を適当に半殺しにして、追い返しているだけだ』

「はぁ? そんなわけあるか! 何人もやられたって聞いているぞ」

『やられた、というのは殺人ということかい? それとも傷害のことかい? どちらか確認を取って発言しているのだろうか』

「うっ……」


 確かに誰かが殺された、とははっきり聞いていない。でも殺していない、とも聞いていない。

 わたしが答えにきゅうすると、キラーラビットは呆れたように笑った。


『君が私を殺しに来るかどうかはさておこう。けど、その行動の根幹となる事項に対して、しっかりと裏付けを取ることをオススメするよ』


 どうしようこいつ。むちゃくちゃ喋るし、いちいち言い方がムカつくぞ。


「お前、本当に魔物か?」

『失敬な。私は誇りあるキラーラビットの一匹だ。ある日、太陽のように光り輝くモノを口にした瞬間、こうなったんだけどね』


 太陽のように光り輝くモノ?

 急にわたしの中で嫌な予感がざわつき始めた。

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