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第32話 次々に知らされる亡きお父様の思い出

 しゃくりあげながらも、ヴィンセント様の腕の中で少しずつ落ち着きを取り戻した私は、次第に恥ずかしさで体が熱くなってきた。


 想像もしていなかったお父様の話を聞いて、子どものように泣きわめいてしまった。それが恥ずかしくてたまらない。

 目の前にあるヴィンセント様のシャツは、私の涙でしっとりと濡れてしまっているし、申し訳なさばかりが募っていく。


「少しは落ち着いたか?」

「……は、はい」

「まだ震えている。今夜は、眠れるまでこうしていよう」


 いうが早いか動くのが先か。

 私の身体を抱えるようにして、ヴィンセント様はベッドに身体を横たえた。

 ぴったりと体を寄せられ、心音の近さと温もりに息が止まりそうになった。あまりのことに驚いた私の涙は、全部引っ込んでいた。


 座ったまま抱き締められていても、ドキドキしていたのに。こんな近くで鼓動や吐息を感じながらなんて、どうしたらいいの。眠れるわけないじゃない。


 お父様だってこんな姿を見たら「婚前ふしだらな」って怒るんじゃないかしら。私のことを、嫁にやらないぞなんて言っていたみたいだし。


「こんな姿をレドモンド卿が見たら、泡を吹くか雷が落ちそうだな」


 私の心を読んだように、ヴィンセント様のいった言葉がおかしくて、思わずくすりと笑ってしまう。それに合わせるように、彼も笑ってくれた。


「お父様って、そんなに心配性だったんですか?」

「すごかったよ。ヴェルヘルミーナの婚約者は、自分よりも強い魔術師でなければ認められない。よくそういっていたくらいだ」

「お父様より強い魔術師!?」


 ビックリしすぎて声をあげると、ヴィンセント様も大きな口を開けて笑った。


「魔王も裸足で逃げると噂された第五魔術師団長より強い魔術師なんて、そうそう現れるわけがないと、師団のなかでも笑い話だったよ」

「……恥ずかしいです」

「それくらい、ヴェルヘルミーナの将来を心配していたということだ」

「そうかもしれません、けど……そういう一面を、屋敷で見ることが出来なかったので」


 お父様の思い出を聞いているうちに、少しだけ気持ちが落ち着いてきた。でも、相変わらず頬はぽっぽと熱い。それを見られるのが恥ずかしくて、顔を覆っていると、よしよしと頭を撫でられた。

 ヴィンセント様の優しい手つきは、幼い頃、私をなだめるように髪を撫でてくれたお父様を思い出させる。


「レドモンド卿も、こうしたかったことだろう」

「そう、でしょうか?」

「間違いない」


 どうして言い切れるのか不思議に思って、そっとヴィンセント様の顔を見る。


「お父上は、砦でウサギを飼っていてね」

「ウサギ……?」

「ヴェルと名付けて、よく可愛がっていたよ」

「……!?」

「娘の顔を見に屋敷へ帰りたくなる。だけど、娘がウサギとなって側にいると思えば耐えられる。そんなことをいっていた」


 次々に明かされるお父様の過去。

 どれもこれも、私が知っている厳格なお父様とは思えなくて、ただただ驚いた。


「作り話かと疑ってしまいますわ」

「はははっ、そうだね。膝にのせたウサギを撫でる姿に、私も驚いたよ」

「闘犬を飼っていたというなら、まだ、想像がつきます」

「それはいい得て妙だな」

「なんだったら、ゴーレムを従えそうです」

「ははっ! ゴーレム生成はレドモンド卿の特技だったな」

「幼い頃、お人形を動かして見せてくださいました」


 ダンスを踊り出した人形を見て、私は驚きと喜び、それに憧れを感じたんだった。私も、お父様みたいな魔術師になりたいって。だけど、いつまで経っても、火すらつけられなくて、泣いて騒いで──どうして、忘れていたのかしら。


「……お父様は神様なのって聞いたことがあります」

「神様?」

「幼い私には、ゴーレム生成の魔法は、命を与える神様に見えたんでしょう」

「レドモンド卿はなんと答えた?」


 慈愛に満ちた瞳の向こうに、お父様を思い出す。


「……神になどなるつもりもなければ、なれるだけの器ではない。そういってました」

「子どもには難しい答えだな」

「本当にそうです。でも……」


 脳裏に、お母様の葬儀が浮かぶ。

 涙一つ流さなかったお父様。でもその後ろ姿はとても寂しそうに見えた。


「亡きお母様を見送るお父様を見て、この人は神ではないと、分かったんです。神なら、お母様を生き返らせることが出来ただろう。お父様は私と同じ人なんだって」


 それと同時に、私はお母様との別れを受け入れた。

 誰もお母様を戻すことは出来ない。どんなに求めても、帰ってこない。例え、偉大な魔術師だとしても。


 すごく悲しかった。お姉様と手を繋いで泣きたい気持ちを我慢した。お父様が泣かないのに、私が泣くわけにいかない。──自分に言い聞かせようとしながら、結局、涙がぽろぽろとこぼれてしまったのを、覚えてる。


「レドモンド卿は、父親でいたかったのだろう。神ではなく、砦を守る魔法師団長でもなく、父として見ていてほしかった。他のなにでもなく、父親になりたかったんだ」

「父親、に?」

「どうしたらヴェルヘルミーナが喜ぶ可愛いゴーレムを作れるかと真剣に悩んでたこともあった。それくらい、いつだってヴェルヘルミーナの喜ぶことをしようとしていたよ」

「私が喜ぶことを?」

「ああ。レドモンド卿は、夫人を亡くしてからも、どうにかして貴女の笑顔を取り戻そうとしていたんだ」


 まったくそんな素振りはなかった。

 そもそも、お仕事が忙しかったし、継母が来てからは砦に入り浸るようになっていたわ。

 もしかしたら、ヴィンセント様は私のために嘘をついてるのかしら?


「後妻を迎えたとき、自分では母の代わりにはなれないといっていた」

「……え?」

「しかし、よりによってケリーアデルを迎えるとは、誰も思っていなかったよ。考え直せという者も多数いた」

「あ、あの、それって……どういうことですか?」


 情報量が多くて、私は混乱しながら尋ねていた。

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