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第33話 父の思いを胸に、心を決める

 ヴィンセント様から聞かされたお父様の再婚話に、私はすっかり混乱していた。


 だって、まるでお父様があの人と再婚したことを周囲の人たちは歓迎していなかったように聞こえたんだもの。

 お父様は、継母を素晴らしい魔女だといっていた。彼女に学べば、きっと私も魔法が使えるようになると──幼い頃の記憶を思い出し、ハッとする。

 もしかしなくても、私のために……?


 ヴィンセント様を見つめると、彼は少し辛そうに目を細めた。


「レドモンド卿が後妻に求めた婚姻の条件は『ヴェルヘルミーナの魔力を開花させること』だった」

「私の、魔力?」

「本当は、自身で魔法を使えるようにしてやりたかった。そう話されていた。しかし、当時の第五魔術師団は新たな幻惑の魔女を探す任があってね」

「……それで、お忙しかったのですね」


 お父様が、継母を立派な魔女だといっていた意味がやっと分かった。

 その選択や厳しい躾は今思い出しても、嬉しいものではない。でも、そこに父親の愛がなかったわけではなかった。見えなかったほんの少しの事実は、小さな救いに思えた。


「……ヴェルヘルミーナ、驚かないで聞いてくれ」

「もう、ずっと驚くことばかりですわ。まだ、何かあるのですか?」

「ああ……ケリーアデルは、幻惑の魔女候補だった」


 突然降ってきた言葉に、私は声すら出なかった。

 候補ってなんだろう。


「幻惑の魔女は、隠れるのが上手くてな。自分の力を一時的に分け与えることが出来る」

「分け与える?」

「木を隠すなら森の中……自分の魔力を他者に与えることで、雲隠れするんだ」

「そんなことをしたら、幻惑の魔女は力が弱まるのではないですか?」

「いや。分け与えたものが失われるわけではない。その力をもって他者を操れるし、魔力の回収も出来る」

「……それでは、幻惑の魔女は隠れながら世の中に混乱を招くことが出来るのですか?」

「ああ。そして、ケリーアデルは、幻惑の魔女か魔力を与えられた者のどちらかだろうと目星をつけていた」

「それで、候補なんですね」

「そういこともあって、周りは再婚を止めたんだ」


 私の身体をぎゅっと抱きすくめたヴィンセント様は、低く「私も反対だった」と呟いた。


「ヴェルヘルミーナを危険な目に遭わせる気かと詰め寄ったが、レドモンド卿は『娘のことは私が守る』の一点張りだった。今思えば、既に幻惑の魔女に取り込まれていたのかもしれない……娘を思う気持ちに付け込まれて」

「……お父様」

「すまない。私たちには、お父上を正気に戻せるだけの力がなかった。砦にいるときは、いくらか魔女の幻惑が緩まったため、なるべく長いこと砦に留まるよう計らっていたのだが……それが、レドモンド家の混乱を招く要因になってしまった」


 お父様が屋敷に寄り付かなかった理由が分かり、私はほっとした。


「お父様は……私たちを見捨てたわけじゃなかったのですね?」

「もちろんだ。砦におられる時は常に、レドモンド家のことを憂えていた。命が残りわずかだと察してからは、どう、子どもたちを助けるかばかり、考えていらっしゃった」 


 セドリックが帝国にいらっしゃるお祖母様のところへ向かうことになったのが突然だったのも、もしかしたら、死期を悟ったお父様が早々と根回しをされていたのかもしれない。

 寡黙なお父様らしいといえばそうだけど、私たちに本心を語ることなくすごしていたのかと思うと、胸が苦しくなった。どんなに辛かっただろう。どうして、助けてあげられなかったのか……


 頬を濡らした涙を、ヴィンセント様の指がそっと拭った。


「レドモンド卿の葬儀がすみ、すぐにでも貴女をロックハートへ招くつもりだった。しかし……」

「私がそれを断ることで、拗れてしまったのですね」

「ケリーアデルはペンロド公爵夫人との繋がりが強かった。仕方あるまい」


 継母との日々が、次々に思い出された。

 私がペンロド公爵夫人との関係に怯えず、ロックハート侯爵様──ローゼマリア様を信じていたら、もう少し早く解決できたのかもしれない。


「私は、本当に無能ですね」

「何を言い出すんだ?」

「だって……私が、私がローゼマリア様を信じて、勇気を出していたら……私が、魔力を使えていたら……お父様を煩わせることも、お父様が苦しむことも」


 無能だったばかりに、事を大きくしてしまった。

 そう考えると苦しくて、申し訳なくて、さらに胸が締め付けられる。


「泣かないで、ヴェルヘルミーナ」


 優しい声が耳元で私を呼ぶ。


「私も、貴女を救い出すのに時間がかかってしまった。それこそ、ロックハート家として踏み込める範囲が狭かったからね。下手をしたら戦争になる」

「それは……」

「だが、私の手を取ってくれた」


 私の手を、ヴィンセント様はしっかりと握りしめる。


「もう離さない」

「……ヴィンセント様」

「これからは、貴女を支え、その心を癒す手伝いをさせてほしい。レドモンド卿には『娘はやらない』といわれている私だが、いいだろうか?」


 優しい言葉を断ることなんて、私にできようか。

 大きな手を握りしめた私は、この時、本当の意味で彼の妻となる決心を固めた。

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