それから、慌ただしく一か月が過ぎた。
結婚式は私の証人として、帝国のお祖母様をお呼びすることになった。それはつまり、ロックハート家が継母を証人として認めないと宣言したも同じだ。当然、彼女は激高したけど、ペンロド公爵夫人が抗議してくることはなかった。
ロックハート家の証人は勿論、ローゼマリア様になる。それから、フォスター公爵様とペンロド公爵様がご夫妻で立ち会うことになった。お姉様からも出席したいとの手紙を頂いたのだけど、ヴィンセント様と相談して、お披露目のパーティーに招待する旨を伝えた。
社交界で、私は病弱な娘ということになっている。だから、婚礼はごく身近なものを招き、お披露目は後日と体裁を繕うほうが自然だ。それに婚礼は教会でなく、リリアードの屋敷で司祭様をお呼びし、慎ましやかなものとすることも伝えた。お姉様は、残念がっていたけど。──「何か成そうとしているのね」と、察してくださった。
そう、これはただの結婚式ではない。
婚礼衣装をまとった私の姿が、鏡に映し出された。
真っ白な婚礼衣装の裾には、金の魔法糸で細かな装飾が施されている。ヴェールを飾る宝石と花は派手過ぎず、慎ましやかだ。
「ヴェルヘルミーナ様、よくお似合いですよ」
「ついにこの日が来たわね、ダリア」
「はい。今日から、お嬢様の新しい人生が始まるのですね」
「大げさね」
「そんなことはございません!」
「でも、それも全て……私自身にかかっている」
首に下げていた水晶のペンダントを握りしめ、大きく息を吸いこんだ。
大丈夫よ。この日の為、ヴィンセント様にたくさん魔法を教わり、能力を発動させる訓練をしてきたんだもの。あと必要なことは、自信を持つことよ。
神様がいるなら、きっと成功させてくれるわ。たとえ、今まで一度も発現していない能力だとしても。
ペンダントを胸の谷間に隠し、私は決戦の場に向けて足を踏み出した。
継母ケリーアデルを追い出して、愛しの弟セドリックを迎え入れる。この結婚式は、その為の儀式。慎ましやかに終わらせるつもりは、毛頭ないわ。
屋敷のエントランス前に立ち、ヴィンセント様と見つめ合う。
もう後戻りは出来ない。
私たちの後ろには、参列する証人であるお祖母様とローゼマリア様、フォスター公爵夫妻、ペンロド公爵夫妻、継母ケリーアデル、ダリアとレスターさん、それとお屋敷の使用人一同が並んでいる。
エントランス前に広がる美しい庭園は日差しを浴び、私の門出を祝うように輝いていた。
風がそよぎ、甘い花の香りが届く。
「これより、神の御導きにより巡り合いし、お二人の結婚式を執り行います」
私たちの前に立つ、穏やかな顔をした初老の司祭様が、少しだけ微笑まれた。
「新郎ヴィンセント、あなたはここにいるヴェルヘルミーナを、病める時も健やかなる時も、喜びの時も悲しみの時も、神の試練が降りかかりし時も妻として愛し敬い、慈しむことを誓いますか」
「はい。誓います」
「新婦ヴェルヘルミーナ──」
繰り返される言葉を聞き、高鳴る鼓動を抑えるように、私は美しいブーケを強く握りしめた。
「はい。誓います」
これで私はレドモンドではなくなる。そして、私の持つすべての権利は、ヴィンセント様のものとなる。その代わりにロックハート家はレドモンドの再興に手を尽くす。それが政略結婚の条件。
銀の結婚指輪が交換され、誓いのキスがされようとしたその時だ。
「認めないわ!」
この場にいた誰もが、ケリーアデルを振り返った。
真っ赤な顔をした彼女は席を立ち、悪趣味な扇子で私を指し示している。
「母である私の承諾もなしに、何をしているの、ヴェルヘルミーナ!」
おかしなものね。
一ヶ月前は、この結婚を持ち出して喜んでいた人が喚き散らしている。きっと今日まで誰もケリーアデルのいうことを聞かなかったのだろう。進めた婚姻を覆すだけの材料を、あの人は持っていない。
そもそも、ペンロド公爵夫人とそろって、私をロックハートに送ったのは、貴女なんですよ。
喚き散らす声を背中で聞きながら、思わずベールの下で笑みをこぼした。