私の宣言に、ケリーアデルが目を見開いた。
「何を言うの!? 私は、アルバートと結婚の署名をしたわ!」
「それは認めます。ですが、その父は家に寄り付かず、リリアードの魔術師団で日々を過ごすようになりました」
「それは、あの人の仕事が忙しくてのこと!」
「えぇ。ですが、月に数度はお戻りになった。複数の侍女に確認しましたが、その間、父が貴女と夜を共にされたことはありませんでした」
「そ、それは、アルバートが疲れているだろうと思ってのこと!」
そう、レドモンド本邸にいらした時のお父様は、とても疲れていた。お母様がお元気だった頃は、魔術師団との行き来を苦にすることなんてなかったのに。そうして、お父様が執務に手が回らなくなり、継母はあたかも女主のよう屋敷で振る舞うようになった。
まるで、お屋敷に戻るのを嫌がっているようだと、幼い私は感じていた。
きっとお仕事でお疲れなのよ。だから、私のことを気にかける余裕がないのも仕方ない。お継母様がいうように、お疲れなのだから近づいてはいけない。──待つことも愛なのだと、幼い私は思い込まされていた。
「貴族というのは血を重んじます。女は子を成さなければ認められません」
「レドモンド家には、すでにセドリックがいるでしょ! あなた達は小さかった。だから、私は教育を──」
「多くの子がいれば多くの貴族と繋がりを作れます。それに、私の養育がされた事実はありません」
「何をいいだすの!? 無能なあなたに私がどれだけの本を与え、読み書きを教えたのか忘れたの!?」
金切り声がむなしく響いた。
そうね。レドモンド家の書庫に閉じ込められ、目の前に難しい本を山積みにされ、読み終わるまで出てくるなといわれたことを覚えているわ。
お腹がすいて泣いていたら、お姉様とダリアがこっそり、ナッツやクッキーを持ってきてくれた。それをポケットに忍ばせて、ひたすら本を読んだわ。
物は言いようね。あれが教育だなんて、笑っちゃう。
「……ダリア、鏡をこちらに」
「はい、お嬢様」
控えていたダリアは、失礼しますと言って立ち上がると、数名の使用人を従えて屋敷へと入っていった。
しばらくして戻ってきた彼女たちは、私の側に大きな姿見を立て掛けた。
なんの変哲もない磨かれた鏡が、私の花嫁姿を映している。
「あなたが、教育と称して私にした仕打ちをここで話せますか?」
「な、何を言うの……私は、ちゃんと、淑女の教育を!」
「私はその扇子が嫌いでした。私の頭を、頬を、身体を叩くその扇子が!」
思い出すだけで体が痛む。心が苦しくなる。
頬が涙を伝った時、ヴィンセント様が優しくそれを拭って下さり、静かに額に口付けてくださった。
そう、もう泣くことなどないのだ。今日をもって、全ての真実を明るみに晒すのよ。
額が熱くなる。
私になら出来る。全てを、私の受けてきた痛みを、ここに──
「ヴェルヘルミーナ、さぁ、君の記憶の扉を開くんだ」
ヴィンセント様の、耳に心地よいバリトンボイスが響くと、鏡にぼんやりと何かが浮かび上がった。それは次第に鮮明なものとなる。
映し出されたのは、幼い私。
暗い書庫で、重たい本を投げつけられ「許してください、お継母様」と繰り返し訴える姿だった。
叩きつけられ、汚れた水を浴びせられ、引きずられながら連れていかれたのは狭い屋根裏部屋。そこに押し込められる姿は、貴族の子女には見えない。使用人だってもう少し小綺麗な服装をしているだろう。
みすぼらしさで、ぼろのような服を着せられた幼い私は、罵詈雑言に耐えながら震えていた。
あぁ、やっと出来た。
これが私に目覚めた能力──記憶を映し出す力。もう、私は無能なんかじゃない!
フォスター公爵夫人が眉をひそめて顔を逸らし、その肩を公爵様がしっかりと抱きしめられた。ペンロド公爵夫妻は黙って鏡を見つめ、そろって顔面を青くされている。
「こ、こんなの……まやかしよ! こんな嘘……誰、誰かが魔法で作り出しているに違いないわ!」
「これは全て、私の記憶です」
「嘘よ……こんな、こんなの……だって私は、夫に……子ども達を託されたのよ。その証文だってあるわ!」
髪が乱れるのも気にせず、頭を振って主張するケリーアデルの必死さに、私の心は冷めていく。
自分の非を認めず、必死に己の立場を守ろうとしている。今でもレドモンド家の財産を自分のものにしようとしている。なんて醜いのだろう。貴族としてあるまじき姿だわ。
この人に、一時でも認めてもらいたい、愛がほしいと思っていたなんて……私は、なんて