唐突な言葉に、私は動きを止めた。だけどそれは想定内で、驚くことではない。私はゆっくりと息を吐いた。
「それは、本人が否定しているということですか?」
「いや……ケリーアデルは、死んだ」
「……死んだ?」
「あぁ。衛兵の剣を奪って自害したそうだ。罪から逃れられないと思い、潔く死を選んだのだろう」
ケリーアデルが死んだ……?
にわかには信じられない言葉に、私の思考は真っ白になった。
彼女は、ペンロド公爵様に助けを乞うていたわ。夫人にも、必死に訴えていた。あんな
そもそも、幻惑の魔女なら、その能力を使って逃げ出すことだって簡単だろう。それにケリーアデルを操っていたなら、死に追いやることだって。
白磁のカップを握りしめ、その中で揺れる琥珀色のハーブティーをじっと見つめた。そんな私を気遣うように、ヴィンセント様が「ヴェルヘルミーナ」と優しく呼んでくれる。
そっと顔を上げると、真摯な眼差しと視線が交わった。
「すぐに、ウーラのもとへ
それは、幻惑の能力を持つ者が生きているということだろう。
カップの中でハーブティーさざ波を立てる。
「ケリーアデルのやっていたことが、幻惑の魔女の手口とあまりにも似ていたから、てっきり彼女がそうだと思っていたが」
深いため息をついたヴィンセント様は、私の手からカップを取り上げた。そうして、それをベッド横のテーブルに置くと、私の側に腰を下ろす。
「……ケリーアデルが死んで、誰かがどこかで能力を引き継いだと考えることはできませんか?」
その予想は望みが薄いと、頭で分かっている。それでも、確認しないではいられなかった。
縋るようにヴィンセント様を見つめると、彼は一度深く息を吸って首を横に振る。
「もしそうだとしても、どの道、見つけ出して保護しなければならない。能力を誤って使わないようにな」
「……保護?」
「あぁ。第五魔術師団は、魔獣討伐の他にも、能力を得たものの保護をしている」
大きな手が優しく頬を撫で、髪を梳く。慈しむような指先に喉を震わせ、ヴィンセント様の名を呼ぼうとするが、上手く声が出来ない。
「能力は人に現れるとも限らないから、見つけ出すのも一苦労なんだが……幻惑の能力は厄介だから、なんとしてでも見つけ出さなければならない」
穏やかな声で第五魔術師団の役目について話してくれるヴィンセント様だけど、私の耳にはその半分も届いていなかった。
保護という言葉が、胸に引っ掛かる。
「……あの、でしたら……私が……──」
ヴィンセント様の妻になったのも、もしかして保護するため、だったのでしょうか?──尋ねることが出来ず、喉が引きつる。
心に冷たい風が吹いていた。それに耐えるようにして、ベッドのシーツを握りしめた。
「ヴェルヘルミーナ?」
「いいえ、何でもありません……」
「心配はいらない。師団でも調べさせている。難航しているが、必ず見つけ出す」
ヴィンセント様の大きな手が私を包み込んだ。
規則正しい心音が耳に届いてくる。それを聞きながら、私はそっと瞳を閉じた。
能力もちの私を保護するためだったとしても、この優しさは嘘じゃない。そう信じたい……そうでなければ、ケリーアデルの裏にある真相に立ち向かえそうにない。
怖い、一人で立ち向かうのは怖すぎる。
ヴィンセント様の腕に指を添え、そのシャツを握りしめながら、最後に見たケリーアデルの姿を思い出す。
彼女はなにに怯えていたの。もしかして、あの場所に幻惑の魔女がいた……?
まさか、そんなはずないわよね。
ヴィンセント様から届く規則正しい心音を聞きながら、私はそっと瞳を閉じた。