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2-14 「守れたんだ……」

「こ、この女……! や、やりやがったな……!」

「何よ! やったのはソッチでしょ! ちょっとは苦しむ人の痛みってモノを知りなさい!!」


 剣を抜き、斬りかかるもう一人縮れ毛の帝国兵にも意を介さず拳を握ってソフィアは駆け出す。

 縦横無尽に振るわれる直剣をことごとく紙一重で躱し、その都度攻撃を入れていく。

 その一方的な攻撃に、流石のアイリスも目を奪われた。


「あちゃあ……、『セレネ』様、完全にキレちゃってるね」

「……もしかして、アイツってそれなりに強いのか?」

「ご覧の通り、ね。『セレネ』様の境遇はさっき教えたことも含めて知ってるでしょ。『力』が足りない彼女は、肉体を鍛えるしか生きていけなかったの。だから、格闘術とかの接近戦に長けたクリュータリアじゃずっと鍛錬してたんだよ」

「鍛錬……」

「おかげで、魔法抜きじゃクリュータリアの上級クラスの人たち相手でも普通に戦えてたよ。身も心も万全なら、そうそう負けないんだから」


 胸を張るハーベの言葉通り、ソフィアは帝国兵を圧倒していく。

 振り下ろされる剣の側面を裏拳でハジき、無防備な顔面へと左拳一閃。その勢いのまま、身体を回転させて右後ろ回し蹴り。

 その一連の動きに澱みは全くない。

 何人もの帝国兵に追われ、ロクな食べ物や睡眠を摂ることも出来ず、身も心も疲弊し切っていたあの時とは違う。

 今のソフィアは万全で、更に言えばその後ろには守るべき民がいる。

 負ける理由も、負けてはならない理由も彼女にはあった。


「ふーん、元王女としての気概ってやつかね。ま、自分の野望を叶えるために部下を前に立たせて自分は後方で威張ってるよりはずっと好感が持てるな。ここら辺はやっぱり血筋ってヤツかね」


 思いがけないソフィアマスターの強さを知り、アイリスが関心する。『あの時』も、確かにレストアーデは誰よりも最前線に立っていた。

 血の繋がりを感じ取ったアイリスのその言葉が耳に届くと、ハーベは誇らし気に言う。


「性格が血筋か。どうせ血筋を感じるんだったら、『王族の固有魔法』を使いたいってわたしなら思うんだろうね。きっとあの人もそう思ったと思う。でも、そこで止まらなかったのが『セレネ』様の凄いところなんだよ」

「止まらない……ねぇ」

「存在を否定されているような現実に直面しても、だったらそれ以外のことを出来るように何でも必死に取り組むその姿勢。どれだけの苦難が降り注いでも決して諦めないって知ってるから、わたし達は付いていくんだ——」


 口端を緩めるハーベが見つめるその先で、二人の戦いはもう佳境に入っていた。


「このっ……! ふざけんじゃ……!」

「それはこっちのセリフ!! 人の上に立ちたいなら、まずその態度を改めなさい!!」


 強い意志の篭った右拳が顔面に叩きつけられ、帝国兵は意識を失う。

 喧騒溢れていた【露天通り】に静寂が訪れる。


「ふぅ——って、あ……」


 ソフィアが一息つき、落ち着きを取り戻して恥ずかしさが込み上げるのと同時に——


「「「「うおおおおおおおおお!!!」」」」


 爆発的な歓声がソフィアを包み込んだ。


「——え、えぇ!? ど、どうしたのみんな……!」

「どうしたのってお前……。そりゃこうなるだろ……」


 呆れたアイリスの声で、怒りで自分を忘れていたことに更に恥ずかしさが募る。


「や、やっちゃた……。わ、私って怒るといつもこうなのよね……! ね、ねぇアイリス! 私、大丈夫!? ハイディの効果切れてないわよね!?」

「この程度で切れるほど、ソイツは粗悪品じゃないから安心しな。それと、いい加減この歓声に応えてやれよ。マスターがやったことだろ」

「え?」


 アイリスの言葉で落ち着きを取り戻すと、ソフィアの耳に人々の声が届く。


「カッコよかったぞ嬢ちゃん!!」

「こんなにスカッとしたの久しぶりだ! 良かったらウチの店に寄ってってくれ!」

「私のところもねー!」

「おねぇちゃん、かっこいいー!!」


 みんながみんなソフィアを讃えている。これは全てソフィアが守った人たちだ。


「私が……。守れたんだ……」


 大事な国民をこの手で守れたこと。その達成感がソフィアの心を満たして笑みが溢れる。

 と、そんな時。群衆の外から、溌剌とした少女の声が響き渡った。


「おーい兄貴! もう終わっちゃってるよ! 帝国兵ども、二人揃って綺麗にノビてやがる!」

「それ本当かいアカリ? この辺で帝国兵をノせる人なんて僕たち以外いないと思ってたんだけど」

「実際そうなってんだから、アタシたち以外にもいたってことだろ! まだいるみたいだし、見に行こうぜ!」

「あ、ちょっと!!」


 そうして人をかき分けて出てきたのは、身の丈ほどの長槍を持った小さくて活発な少女と長弓を背にした目隠れの男性。

 二人とも、深い海の底を思わせるような黒く蒼い髪色。肌は日に焼けているのか茶色く焦げている。

 兄貴と呼んでいたことから、二人は兄妹なんだろう。その妹が、ソフィアの前にやってきて特徴的な八重歯を見せつけた。


「アンタがこれをやったんだろ!? お嬢ちゃん、すげーな!」

「お、お嬢ちゃん……!? えっと……貴女は……?」


 ぐいぐい来る年下然とした少女にソフィアは圧されながら尋ねる。

 すると少女は、大袈裟にその大きな黒い瞳を見開いた。


「おっと、こいつは驚いた! ここいらでアタシらを知らないってことは、あんたもしかしなくても田舎モンだな! だったら、その小さな耳をかっぽじってよく聞きな!!」


 口を挟ませず少女は捲し立てると、後ろで居心地の悪そうにしていた兄を引っ張ってきて見栄を張る。


「アタシの名前はアカリ! こっちの頼りなさげなのは兄貴のユウマ! トルル海洋共和国一の傭兵団【海辺の夜明け団】たぁアタシらのことだ! ——以後、よろしくぅ!!」


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