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3-1 「一緒に甘いもんでも食べに行こうぜ」

「【海辺の夜明け団】の……アカリに、ユウマ!? それじゃあ貴女たちがフリューゲル兄妹……!?」

「……? この妙ちくりんな着物を着た奴ら知ってんのか?」

「おい! 誰が妙ちくりんだ!」

「……んまぁ、間違ってはないだろう。少なくとも……アカリの方は……」

「兄貴まで! これは都会の流行に追いつく為のアタシなりのアレンジって何度も言ってるだろ! ったく!」


 アカリとユウマを指差し、小馬鹿にした態度のアイリスに地団駄を踏むアカリ。その後ろで、ぬぼーっと眠たげに兄のユウマがツッコミを入れる。

 いきなりアイリスそっちのけで言い争いを始める二人を見て、ソフィアは意外そうな顔をしながらアイリスの質問に応える。


「着物……が何かはよく分からないけど、トルル海洋共和国の民族衣装を着ていて【海辺の夜明け団】を名乗っているのなら、クリュータリアにいた頃に聞いた私の記憶通りだと思う。こんな感じだとは思ってもみなかったけど……」


 メルトメトラの内陸部では見かけない少女らの格好。服の胸のところで襟が交差するそれが、高温多湿の諸島からなるトルル『海洋』共和国特有の民族衣装。

 本来なら幅広の袖でかなりゆったりとした作りらしいが、アカリの方は改造しているのかノースリーブのソレは右が白で左が水色となんとも鮮やか。両胸部分には黒いネモフィラ紋様が描かれている。下も袴とやらを改造しているのだろう。ヒラヒラと靡く濃紺の腰マント風のソレは、動きやすさを重視。その下は黒のタイツで脚を引き締め、装飾のある茶色のロングブーツで守っている。

 肘まで覆う、波の紋様が入った薄手のガントレットは動きを阻害しない作り。元気いっぱいのアカリの性格によく似合っていた。


 そして、兄の方はさほど着物を改造していないのかより民族衣装感が出ている。上の色合いはアカリと同じく白と水色を基調としていて、ゆったり目の意匠。両胸には同じく黒のネモフィラ模様。

 その下には黒い肌着肌襦袢を着ており、弓使いということから胸当てもしているのだろう。下は濃紺の行灯ズボンで膝下まである茶色のロングブーツによって太腿部分が膨らんで見える。

 ——と、そんな時、ソフィアの口から『クリュータリア』の言葉が聞こえた途端にアカリはひょこひょこと八重歯を見せながら彼女の方へと近づいてきた。


「おー! 聞いたかよ兄貴! アタシらの名前、真反対のクリュータリアにまで届いてるらしいぞ!」

「……ん、まぁおれ等の役割を考えたら……無い話じゃないだろ……」

「役割?」


 アイリスが再度尋ねようとしたその時——


「——騒動が起きたと聞いて来てみれば……同胞二人が気絶……。おい貴様ら、なんだこの騒動は! 全員、そこに跪け! これは命令だ!」

「あぁ? なんだお前ら」


 駆け付けてきた新たな帝国兵が、倒れ伏している同僚を見て怒りの形相で命令を下す。その後ろには三人ほど追加で帝国兵が来ており、このままだと面倒なことになること間違いない。

 ひとまずアイリスが矢面に立とうと思い、ソフィアの前に出るがそれよりも早くアカリが前に出る。

 その顔は自信に満ちていて、権力を持つ大の大人に見下されることも意に介していなかった。


「悪いね帝国兵さん達。ちょっとここで寝てる奴らが横暴な振る舞いをしてたんでな。こっちにも被害が飛んできそうだったから、ついノしちまったのさ」

「つい……だと……! 小娘、貴様自分が何をしたか分かっているのか!?」

「悪者退治しただけだろ? にしても、聞いてはいたけど帝国兵の末端がこうも酷いなんてアンタらはチンピラでも雇ってんのかい?」

「な……! き、貴様ぁ……!」


 ニヤニヤ下から舐め回す様に見ながら皮肉を放つアカリに、沸点の低い帝国兵が剣を抜く。

 それでもアカリは怖気付くことはなく、また兄の方も静観したままだった。


「あららー剣を抜いちゃって。アタシにそんなことしていいのかなぁ〜?」

「我ら帝国の誇りを侮辱した罰だ! その首を刎ねてやる!」

「っとと」


 振り下ろされる剣をアカリは見切って躱す。それを見て、残りの帝国兵たちも参戦するがアカリの敵にはなっていない。

 完全に小柄な彼女に弄ばれていた。


「ほう、強いなあの女。それに上手い。あの強さが遠くまで届いた話の中身か?」

「うん。フリューゲル兄妹は魔法だけじゃなくて武芸にも秀でているって話でね。でも私が聞いた話はそれだけじゃなくて——」

「……おい、アカリ。面倒、だから……もう終わらせろ」

「あいよ! うおりゃあああ!」

「くっ……! このっ……!」


 ユウマの指示でアカリが攻撃態勢に移ると、瞬く間に状況は一変。刃先が布で覆われたままの長槍を器用に操り、殺さないように帝国兵らを打ちのめしていく。

 その膂力は小柄な少女のモノとは思えず、腹を殴られ胃液を吐き出す帝国兵が絶えない。

 そして最後の一人が蹲るその眼前に、地面が砕けるほどの勢いで石突きが立てられた。


「ひっ……! き、貴様……! こ、こんなことをして、た、タダで済むと……」

「それはアタシの台詞だぞ木端兵士さんよ。アタシらがどういう立場の人間かまだわからないんだな——」


 アカリが懐から黒い印籠を取り出して帝国兵に見せつける。


「——あ、あ、あ、あ……!」

「何だアイツ。急に狼狽え始めたぞ」


 それを見た途端に彼の顔は青褪め、打たれた時以上に息を荒げていく。その印籠には白い羽根模様が三角の形で描かれ、その中に三日月が走っていた。

 それは、メルトメトラに生きる者なら全人類が知っている紋様。それを見て、やはりと納得のいった表情のソフィアがアイリスに説明する。


「あれはね、アイリス。島国のトルル海洋共和国が内陸で滞りなく活動する為に、限られた者にしか与えない特別大使の証なの。そしてその権限は宰相クラス。つまり、彼女の一言が


 その説明が帝国兵に聞こえたのか、彼らは今にも失禁しそうなほど震え出す。アカリが一言言えば、彼らの首が物理的に飛ぶことを考えたら無理もない。


「さぁ、今ここでアタシに斬られるか、謝りながらお仲間全員ここから消えるか好きな方を選びな。アタシの気はそう長くはないぞ」


 そこでまた一つ、アカリが石突きを鳴らす。それが合図だった


「ひ、ひぃぃぃぃ! も、申し訳ございませんでした……!!」


 必死に命乞いをするかの様に謝りながら、帝国兵達は全員この場から逃げていく。

 そこで任務を終えたのかクルルが不思議そうな顔を浮かべてすれ違い、ソフィアの元へとやって来た。


「ソ——『セレネ』、これは一体……?」

「そうね……。色々と説明したいところだけど、まずは——」


 クルルが来たことで空気がまた変わり、これにて騒動は完全に終結。

 それを成し遂げた少女は、己が持つ権力をひけらかすこともなく、年相応の快活な笑みを浮かべてソフィア達を見た。


「さてと、ちょっと良いかなお嬢ちゃんたち。これから一緒に甘いモンでも食べに行こうぜ——」


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