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3-2 「お願いがあります」

「うひょーうっまそー!」


【今昔亭】の食堂の一画。アカリの前には激辛のスパイスが効いた熱々のステーキが出され、ユウマにはかぼちゃタルトのワンホールが出されていた。

 兄妹なのに、好みが真反対としか思えないその品を彼女たちは夢中になって食らいついていた。

 それを、紅茶を飲んでいたソフィアがじっと見つめている。


「ん? あぁ、悪ぃ悪ぃ。ここの料理を食べるのが日課でね、つい夢中になっちまったよ。んじゃ改めて——」


 口を拭き、ニヤリとしながらアカリはフォークを置いた親指を自分へと向ける。


「アタシは『海辺の夜明け団』副団長のアカリ・フリューゲル。こっちは兄貴で団長のユウマ・フリューゲルだ」

「……よろしく」

「んで、姉ちゃん達は?」


 彼女たちの簡素な自己紹介が終わると、ソフィアたちは考えていた『設定』込みで自己紹介をしていった。


「儂の名前はクルルタリス・『レイトン』。クリュータリアの行商人『レイトン商会』の頭領をしております。こっちの黒髪赤眼が姪の『セレネ』。後ろにいるのが左から従者のハーベと傭兵の護衛役アイリスでございます」

「ほぇ〜。女三人連れて旅とはやるねぇオジサン。そこのアイリスとやらは相当デキるみたいだけど、ここに来るまでの旅はキツかっただろ」

「なに、セレネはレイトン商会の次期頭領ですからな。楽な旅よりも、多少の苦難は経験しておいて損はありませぬ」

「おー次期頭領! だとしたら、オジサン金の卵を見事引き当てたってことか。お嬢ちゃんもあの腕っぷしで頭もキレるたぁ、相当の才の持ち主だろ」

「腕っぷし? もしかしてセレネ、貴女……」


 訝しむクルルの視線を受けて、バッと顔を逸らすソフィア。


「凄かったんだぜ。傍若無人な帝国兵どもをバッタバッタ倒してよ。そりゃもう気分爽快で、思わず声をかけちまったってわけさ」

「ア、アカリさん……も、もうそのくらいにして下さい……。それよりも——」

「あぁ、敬語は無くて良いよ。兄貴にもな。堅っ苦しいのは苦手なんだ」

「そ、そう? それじゃあ、アカリ。まずは助けようとしてくれてありがとう。貴女がいなかったら面倒なことになっていたわ」

「なに、気にすんな。アタシも、ああいう連中は嫌いだからな。正しい行いをした奴が罰せられるなんて見ちゃいられないのさ。下手人が帝国兵なら尚更な」

「特別大使なのに、帝国兵を嫌っているの……?」

「特別大使だからこそだよ。肩書きが良すぎると、良い意味でも悪い意味でも『人』を見る機会が増えるからな。おかげで占領首都のソルトレーゲンじゃ、眉に皺を寄せっぱなしだったぜ」

「……あれは、むかついた」

「話には聞いてたけど、帝国兵ってのはどこの帝国兵共がまだマシに思えるね」

「……」


 特別大使をして唾棄してしまうほどに、見るに堪えないらしい帝国兵たちの振る舞い。

 期せずして『王都』の内情を聞けたことに喜びを抱く間も無く、王国民が置かれている状況にソフィアの内心で不快感が込み上げる。

 それを表情に出さぬまま、ソフィアは話を自然に続けた。


「……ソルトレーゲンから来られたんですか?」

「三日くらい前にな。仕事が終わって、ようやく帰国出来るかとウキウキしてた所に、このカルメリアだ。ここはソルトレーゲン以上にうざったい帝国兵がいるわで気分は最悪。ここのメシと要請のストレス発散が無かったらとっとと帰っていたところだよ」

「要請?」


 ハーベがアカリに尋ねる。


「姉ちゃんたちもここの事情は知ってるだろ? 機獣に襲われて、都市機構は崩壊。領主は死んで実権を握っているのは帝国のサルード伯爵。ただでさえカルメリアが大混乱してるってのに、追加でだ。だから、ステラのお嬢ちゃんがアタシらの力を借りようと機獣の討伐を要請してきたってわけ」

「アカリ……ステラ侯と呼べ……」

「嫌だね。サルード伯にココを完全支配されないように別の力を頼ったのは良いが、結局それにしたって親の仇を打ちたいが為だ。機獣を狩ることだけに躍起になって市政を鑑みない傀儡領主に敬意を払うつもりはないね」

「……ったく、お前ってやつは」


 アカリを嗜めようとはしているが、その兄にしても強く言っていないことからこの特別大使のアステリアに対する評価は限りなく低いのだろう。

 ただ、だからこそ不思議に思うこともあった。


「……そこまで酷評しているのに、要請は引き受けたのね。美味しい食事とストレス発散の為じゃ釣り合いは取れてないと思うけど」

「そりゃまぁ、トルルにとってカルメリアは内陸に上がるのに必要不可欠な重要拠点だからな。変に体制が変わる方が面倒くさいのさ」

「あと……路銀が尽きてたから……」

「そうそれ。機獣を狩ったら特別報奨金が出るって話だったから、まぁ全部取りした方が楽だなって要請を引き受けたんだよ」

「報奨金?」


 そのソフィアの問いかけに答えたのは、街を調べていたクルルだった。


「さっきアカリ殿が仰った機獣の大量発生の原因の一つに『機獣避けの陣』があるらしくての。その復旧にそれなりの時間がかかるということで、辺り一帯に機獣討伐依頼を流布したそうじゃ。身分も立場も問わず、機獣を討伐したら通常の倍の報奨金渡す——とな」

「それで街中に荒っぽい人がいたのね」


 カルメリアに入ってから、何度かすれ違っていた外部から来たであろう荒くれ者や機獣を狩るハンター——叛者レウィナたち。

 秩序がおかしくなった街にどうして人がやって来ているのかという疑問がここで氷解した。


「つっても本格的な討伐は帝国兵やアタシらがやるから、そういう奴らはおこぼれに預かるみたいな感じらしいけどな」

「……弱い奴が、いても意味ない…」

「ま、兄貴の言う通りだな。おかげで帝国兵どもが調子付くのはムカつくが、余計な人死にが出るよりマシだ」


 大型機獣を一体相手するだけでも、『並』の兵ならば命を失う危険性が高いのが機獣戦だ。

 だからこそ、有利を取れるどころか平然と討伐できる帝国兵の実力だけはかなり高く、自然と『弱いモノ』を見下しているのだが。

 力があれば何をやってもいいと思っている典型的な選民思想。それが今の帝国兵を形作るモノであり、なまじ本当に力があるから誰も文句を言えない。

 市民への横暴な振る舞いを止められないのも、そういう側面があるからだろう。そしてそれを嫌っているのが目の前の兄妹だった。


「セレネ」

「えぇ分かっているわ——」


 クルルかの目配せにソフィアは一つ頷き、考えを巡らせる。

 目の前には、トルルの特別大使という最高格権力者がいてその二人は帝国兵を良く思っていない。その上、困っている人を見過ごせない善性の持ち主。そこに、アステリア主導による報奨金制度。

 彼女達は今のソフィアが喉から手が出るほど欲しい人材であり、失った最善策を蘇らせる以上の結果を生み出せるかもしれない宝の地図だった。

 ふぅ、と一呼吸入れてソフィアは思考を切り替える。

 先程の露店通りの時の様な感情に任せて力を振るうのではなく、人が獲得し得た知性と理性を持って、その資質を示す。

 ただひたすら、貪欲に——。


「ユウマ・フリューゲル。アカリ・フリューゲル。トルル海洋国家特別大使のお二人に私からお願いがあります。機獣を討伐する為に私たちに協力してくれませんか?」


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