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3-3 「帝国嫌いの特別大使」

「へぇ、機獣討伐でアタシたちに協力するんじゃなくて、アタシらが嬢ちゃん達に協力すると来たか。そらまた、予想外の申し出だな」


 ステーキを嚙み千切り、口端を大きく歪めるアカリ。溌溂とした様子は鳴りを潜め、特別大使と『海辺の夜明け団』副団長としての圧がそこにはあった。

 気性が弱いモノならそれだけで怖気ついてしまいそうなその圧力に、ソフィアは真正面からぶつかっていく。


「私たちはここに来るまでに、行商人を続けることが難しくなるほど大きな損失を負ってしまったの。ある程度の生活は出来るけど、売る物が無くなった今その報奨金だけが頼りなのよ」

「ふーん。まぁこんな状況だ、荷物が無くなることもあるわな。それはご愁傷様だ。けど、金がないってのにアタシらを雇おうってのかい?」

「報奨金の一部ではダメ?」

「いけないってこたぁないけど——」


 ジロジロとアカリがソフィアたち一向を探るような眼で見ていく。見た目は幼いが、人の本質を見抜いてきた眼の持ち主だ。

 全てを隠し通せる相手ではない。


「本当の目的を語らない奴の依頼を受ける気はアタシらにはないね」

「ッ!」


 ほんの僅か、狼狽してしまったソフィアの反応をアカリは見逃さない。

 ステーキを切っていたナイフをソフィアに向けて、その真意を暴いていく。


「上手いこと隠せていたけど、残念まだ経験が足りないね。ここに至るまでに嬢ちゃんが特別反応したのはアタシの『ステラのお嬢ちゃん』って言った時。そこで報奨金の話が出てコレだ。そこから察するに——」

「……本当の目的は、機獣を討伐して名を上げ、おれ達の紹介という形で……アステリア・フォン・ステラ侯爵に謁見すること」

「——だな」


 続けて断言する双子の物言いに、目的が見抜かれたことに思わずソフィアは嘆息してしまう。

 亡国の王女としてそれなりに心の内を隠し通す術を身につけているが、それはあくまで座学によるものが大きい。これまで腹芸が必要のなかった人たちに囲まれていたこともあって、やはり実経験が足りていないことをここに自覚する。

 ただ、そこまでだ。自分の力不足は既に理解している。今更嘆くものではなく、むしろ看破されたこの苦い経験を糧にすべく、すぐに弱さを飲み込んだ。

 ——そこに、アカリの眼が静かに光る。


「流石は特別大使って言ったところかしら。私の考えなんてお見通しなのね」

「ってことは認めるんだな」

「えぇ、私たちの目的はクリュータリア政府からの指令に従って、カルメリアの奥に閉じ籠っているステラ侯爵に会うこと。理由は、ステラ侯爵にしか話すことが出来ないわ」

「それでアタシらを納得させられると? 政府直下の指令が下るくらいなんだから、機獣討伐の報奨金なんてまわりくどいことしてないで、直接会うことは出来るだろうに」

「屋敷の外に出てきてくれるのなら——ね。それが出来ないことは、貴女達なら分かるんじゃないかしら」


 堂々と一切の澱みもなく毅然と答えていくソフィア。

 機獣を討つことだけに囚われ、その為に帝国の力を借りようとするほど『力』を欲しているのが今のアステリアだ。

 そんな状況下で、指令を受け取っただけの力も信用もない商会に会うほど彼女に余裕はない。フリューゲル双子が口添えしたところで同じこと。

 それが分かっているからこそ、アカリはひとまず言い分を受け入れた。


「ステラのお嬢ちゃんに会う為にアタシたちの協力で最短最速で力を示す——か。まぁ言いたいこともやりたいことも分かったよ。とりあえず納得してやる。良いよな兄貴」

「……話の中身自体は関係ないことだからな。お前が良いなら、それで良いよ」

「じゃあ!」


 納得して貰えたことで色良い返事が聞けるとハーベが喜ぶが、それにはまだ早い。

 そのことをソフィアも理解しているから、じっとアカリからの続きの言葉を待っていた。


「悪いけど、断らせていただくよ」

「え……? ど、どうして……!?」

「どうしてもなにも、それは全部嬢ちゃん達の都合だ。アタシらが協力する理由にはならないな——」


 まったく悪びれる様子もなく、アカリはまだ温かいステーキを切り分け噛みちぎる。

 話はもう終わり。そう言わんばかりの態度だが、それでもソフィアは交渉を続けようとする。


「どうしても駄目かしら? お金なら、機獣を狩った報奨金から渡すつもりなんだけれど」

「確かに金は必要ではあるけど、それだけじゃアタシらは動かないよ。アタシらはこれでも宮仕えだ。ステラ家と『対等』でいる様に、誰かの下に仕えるのも、ましてやただの商会ごときにコキ使われるなんてゴメンだね」

「そう……」


 仕えるべき主君がいるからこその返答。つまるところ、ステラ家の要請を受けたのは彼女たちにも利するところがあったからであり、それがないソフィアたちの要請を聞く必要がないのだ。

 そうソフィアは捉え、彼女らの考えが変わらないことを悟った。


「ふぅ…。そこまで言うなら仕方ないわね。貴女たちを頼ってアステリア様に会おうとすることは諦めるわ。遠回りになるけれど、こっちで順序を踏んで名を挙げていくとしますか」

「悪いね」

「いいのよ、事情と立場は理解しているつもりだから。でも、一つだけお願いしてもいいかしら?」

「お願い?」


 ——出たよ、とソフィアの『お願い』という言葉を聞いたアイリスが内心ため息を吐く。ある種の最終手段になっている彼女のお願いだが、そこに込められる想いはいつだって当初の目的以上に重い。

 そのことをアカリも察知したのだろう。要請を断ったタイミングで図々しくも『お願い』を口走るソフィアを訝しく思い、その途端に彼女の信念を感じ取る。

 ともすればアステリアへの口添えを頼んだ時以上の真剣さで、ソフィアはその力強い眼差しを彼女の大きな瞳にぶつけていた。


「えぇ。本当に気が向いた時でいいの。私たちが機獣を狩っている間、帝国兵からこの都市の人たちを守ってあげてほしいの」

「はぁ? なんだそのお願い。意味分からねぇよ」


 クリュータリアの人間がカルメリアの人間を守るようお願いする。要請を断られた後に、それこそ特別大使をコキ使おうとするその精神はこの場で立ち去られてもおかしくない愚行に等しい。

 全く関係のない人たちの為に、トルルの特別大使の機嫌を損なうのでは釣り合いが全く取れていない。

 ましてや、このお願いはお互いに利益が0だ。よっぽどのお人好しでもない限り、聞く理由が一つもない。


「……嬢ちゃんがどういう意図でそれを言ったかはさて置いて、だ。どうしてアタシらがそのお願いなら聞くと思った? むしろ口添えより面倒なことじゃねぇか」

「それは貴女たちが

「はい?」


 幼い子を慈しむ様な、優しく柔らかな笑みで言い放ったソフィアにアカリとユウマは困惑した。


「アタシらが……優しい?」

「……どういう、ことだ?」

「おかしなことを言ったつもりはないわ。貴女たちが、そうなのはもうよく分かったもの。——だって貴女たちがここに留まっているのは、お金や要請のためなんかじゃない。機獣はもちろんだけど、なにより帝国兵の横暴を見過ごせなかったからでしょう? 帝国嫌いの特別大使さん」

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