ソフィア、それにハーベも、アイリスが目の前で『機械の指輪』を作った時に血相を変えて息を荒げていた。
そんな当たり前の体の反応ですら、作られたモノということに怖気が走る。
だが、これでアイリスの話は終わらない。
場面が切り替わり、ソフィアの前に初代レストアーデと機獣『イエティ』の立体映像が映し出された。
『それでも、機械を生み出そうとするのは人の本能だからな。そういった物理的拘束があったとて、違和感を覚える奴が出てこないとも限らない。そこでレストアーデたちは、隠れ蓑として意識下と無意識下の二つの精神的拘束を施したんだ』
『二つの……精神的拘束……』
『そう。その意識下にあるのが【シエンシア平和協定】の禁忌条項。禁忌と言っておけば、とりあえず人はそこに近づいたりはしないからな』
その言葉に震えていたソフィアも頷くしかない。彼女自身、アイリスに会うまでは内情も分からぬまま『禁忌』を『禁忌』として忌避していた。
『そして無意識下の拘束が、今回の本題でもある機獣だ。レストアーデたちは、『機械』は恐ろしいモノと植え付ける為に、世界に残った動物を改造して『機獣』を作ったのさ』
『ここでも改造……。さっきも言ってたけど、そんな証拠は本当にあるの……? 人が人を滅ぼしかねない存在を生み出すなんて……』
『機械を恐ろしいモノって共通認識させるには、分かりやすい『敵』がいてくれる方が都合が良いからな。それに証拠だってある』
『証拠……?』
ソフィアが問いただすと、立体映像のイエティの隣に、黒い毛皮を持つ二足歩行の生物が映し出される。他にも先に戦った機獣の横に、それぞれ似通った生物を出現させていった。
『これは、オレらの時代にいたゴリラっていう種族だ。そこに加えて、他の機獣も同様。全部、その種族の遺伝子を持っていた。なのに、金属に塗れたあの機獣の体だ。どう考えても人の手が介在して元の生き物を半機械化したようにしか思えない。そこに人を襲う性質と機械の魔王の配下っていう500年経っても色褪せない
『……』
機械由来のものという言い伝えと、分かりやすい人類の敵によって人の遺伝子に残る機械の本能を恐怖心で縛り、行動に移せなくする。それが初代レストアーデ王たちが企てた人類生存計画だとアイリスは推察する。
そしてそれはなんら間違っていないだろうと、アイリスは確信していた。なぜなら——
『——言っておくが、これは否定しようのない事実だ。なにせこの世界は、機械がなく自然豊かな環境が広がっている。人類の数も減ったことから、その環境が崩れる心配もない。だってのに、オレはここに来るまで
『え……』
『海をまだ見ていないから、海洋生物がどうなっているかは知らんがな。けど、陸の生物の数があまりに少なすぎるのは見ていてすぐに分かった。きっと、最初の数体を捉えて繁殖させて世に放ったんだろうな。そうすりゃ、陸の上の生存競争の頂点は脅威的な力を持つ機獣へと早変わり。なにせ、機獣にはおよそ天敵と呼べる存在はいないんだからな』
次々もたらされる世界の真相。それらを身につけた価値観で否定したいが、それは許されない。
なぜなら、アイリスが言うようにソフィアは動物といえば家畜以外見たことがなかったからだ。機獣の隣に映し出されている『元』となった生物なんて見たことがない。
『【
そうしてアイリスがイエティから読み取った機獣の進化の過程を映し出していく。
ゴリラから人による改造が施され、半機械化。そこから人の手を離れて繁殖し、機獣として人類の敵となるその様を——
ソフィアはもう何も言うことが出来ない。
『そして、機獣は『恐怖の対象』という人の集合無意識によってその存在を変容。動物を機械の獣という新しい種族として歴史に刻んだんだ』
『集合……無意識……? それがなんで機獣を作ることになるの……?』
『人の無意識を甘く見ちゃいけねぇぞ。元より人は、曖昧なものに対しても祈りという行動を取らせる。神話や宗教についても同じこと。「無い」モノに対して人は同一の意識の下、その為に動くことがある。そこに押し込められた熱量は膨大だ。なら、本当に『存在しているモノ』に対してならどうだ?』
『——!?』
聡いソフィアならそこで気付く。『自然』に感謝し、『神』に祈ることはこの世界に生きる者としての共通認識。けれど、その存在をハッキリと説明出来る者はいない。
一方で、恐怖の概念として認識している『機獣』は別だった。
『曖昧なモノですら人をそこまで動かすことが出来るんだ。機獣なんて分かりやすいモノがいれば、そこに無意識の熱量がそこに集中するのは自明の理。その熱量を受けて、動物としての在り方が歪められたとしてもなんら不思議じゃない。ましてや魔法なんていう超常の力を会得した人類なら尚更、その指向エネルギーの質は豊潤だろうよ』
だからもう二度と機獣は元の動物に戻ることはない。そう言い切って、アイリスは映像を打ち切る。
途端に景色が元の宿舎へと戻ると、ソフィアは自分がいた場所を思い出した。
「——ッ!! おえっ……! かはっ……!」
慌ててソフィアが洗面台へと向かう。
かつての文明と今の文明。その繋がりを人が歪めた事実。生物を冒涜せしめん、過去の偉人たちの行い。一気に詰め込まれた情報と精神的負荷がソフィアを蝕み、激しい頭痛と嘔吐感を呼び起こしていた。
それに構うことなく、アイリスは震えるソフィアの背中に向かって言葉をなげかける。
「まぁ難しいことを言ったが、要するに機獣ってモンは人に機械を作らせない為に歪められた哀れな存在だ。人に勝手に存在を歪められた身としては、思うところがないわけでもない。だから、考えていたのさ」
「はぁはぁ……。それで……その哀れな存在を知ってアイリスはどうするの……?」
「さぁな。さっきも言った通り、配下にするのもありだし別に殺したって構わない。その時の都合で考えるよ」
肩をすくめ、なんてことのないようにアイリスは言う。同じ歪められた存在とはいえ、その自由度の高さはまるで違う。
人と比べても、今の世界の頂点に立つのは疑う余地もなくアイリスだ。アイリスだけが生殺与奪の権を握っている。
その事実を再認識し、ソフィアは自分が背負うことになった真実の重さをより一層深く認識した。
「まぁでも、マスター。お前はオレのこと気にかけている場合じゃないぞ」
「どういう……こと?」
「魔法を使ったあの機獣は帝国兵の脳波とそう変わりなかった。人を喰らう性質があるってことは、どこかであの機獣は人の脳を食べてそのあり様を認識したんだろうな。つまり、大型機獣はそれが出来るだけの知性があるってこった」
「あ——」
言われて気付き、ソフィアの顔がさらに青ざめる。思い出せばあのイエティはお腹が一杯だった。そのイエティが魔法を使ったのだ。アイリスの言い分は正しいとしか思えない。
すると、俯くソフィアの隣にアイリスが向かってタオルを差し出す。顔を上げると、アイリスの表情は悪辣に満ちていた。
まるで躾を誤った子供に困る親を、離れたところから観察して楽しむような、そんな底意地の悪い笑みを持ってアイリスは告げる。
「気を付けろよマスター。最初は人の手で無理やり改造されたとはいえ、その後の機獣は人が生み出した存在だ。つまり、人の認識によってその在り方は常に変容する。さっきマスターたちは機獣が魔法を使うと認識した。ってことは……」
「これから先、魔法を使う機獣が現れる……、いや機獣が進化する——」
思い至ったその答えに、美しき碧色の双眸が見開く。否定して欲しいと訴えるようにアイリスを見るが、その願いは叶わない。
「——大正解」