それが、今の人類が大切にしている世界憲章であり絶対の誓い。アイリス視点では、始まりは人類側が『職を奪われた』などと色んな理由を立てて
自分たちの都合の良いように捻じ曲げ、現代にまで概念として機械は悪しきモノということだけを残していた。
ソフィアたちもアイリスに出会うまでは機械というモノがどういう存在かは知らなかったが、生まれた瞬間から語られる人類の過ちと機獣の存在から『機械』そのものを恐ろしい概念として忌避しているという。
人は欲に耽溺してはならず。過ぎたるは猶及ばざるが如し——として。
「ふぅ。ひとまず落ち着きましたかの」
「ソフィア様ー! やりましたよわたし達!」
「えぇ見ていたわ。ありがとう二人とも。見事だったわ」
地の底で伏せる機獣たちをあとに、寄ってきたクルルたちをソフィアが労う。
ソフィアから差し出された水袋を感謝しながら手に取り、潤った喉で彼らもソフィアを労った。
「いえいえ、全てはソフィア様の指揮が優れていたからでございますよ。儂等はソフィア様が言った通りに動いただけですから」
「本当凄いですよね〜。人間ならまだしも、機獣の行動パターンをあそこまで完璧に読み切るなんて相変わらずどういう頭しているんですか?」
「……褒めているのそれ? ——機獣は複雑な状況に陥った時に定められた行動しかしないっていうのが、教本に書かれた対機獣戦の攻略の一つ。だから、意図的に複雑な状況に陥らせられるハーベの認識阻害は二足歩行型には有効。だから敵味方の区別を混乱させてやれば、望む場所に誘導することは簡単なのよ。クルルの方は完全にクルルの技術頼りだったけど……」
「気にしなくても良いですよ。これでも機獣との戦闘経験はこの中で誰よりも上なのです。小型のガルム程度なら、あの程度の数は無理なく捌くことが出来ますから。これからも頼りにしてくださいませ」
「ありがとう。貴方たちが味方でいてくれることが、私の最大の幸運ね。——それでアイリス。こうして直接目にしたわけだけど、アナタは本当に機獣のことを知らないの?」
壊れた機獣の下。ソフィアたちから離れて緑色の血を眺めていたアイリスを呼びかける。
アカリたちと別れた後に発覚した、驚愕の真実。その驚きは、機獣の名に耳馴染みがないアイリス以上で三人共に絶句するしかなかった。
それもそのはず。何せ、歴史上で魔王の配下が機獣となっているのだ。なのに当の魔王がその配下の存在すら知らないとは、自分達が信じていた歴史が間違っていたことに他ならない。
それを認めたくなく、アイリスに機獣を見せる意味合いでも大量発生しているという南の森へとやってきたのだが——
「知らないな。ざっと見ても、あんな生物がオレの時代にいた記録はねぇ。記録データが破損してるって可能性もあるが、まぁそれもないだろうな」
「どうして?」
ソフィアの疑問にアイリスは自分の脳を指差した。
「オレたちには、記録が破損してもすぐに復元出来るようにバックアップ機能があるからだ。人間的に言えば、いつでも忘れた記憶を取り戻すことが出来るって言ったらいいか? なんにせよ、そこにも機獣のデータが残っていない以上、やっぱりコイツらはオレが負けた後に生まれたモンだよ」
「そう……。だったら、機獣って一体なんなの?」
「さぁな。一応、コイツらの血を解析してそこから仮説を立てられないこともないが、今はそういう状況じゃなさそう——」
「ソフィア様!!」
緊迫したクルルの一声に、即座に彼女らは臨戦態勢に移る。
四体の機獣を倒したが、それで終わりではない。
【機獣避けの陣】が壊され、大量発生しているというその所以が今明らかになった。
「まだこんなに……!」
思わずソフィアが歯噛みする。
彼女たちの眼前には、ガルムが三体・コボルトが四体。そこにコボルトよりも体格が小さい、二足歩行型で人形の様に無機質でのっぺりと顔と体をした『グラスナー』五体が猛スピードでこちらに向かって駆けてくる。
さらにその空中には手のひらサイズの薄い翅の生えた機獣——『クイービー』が三体、宙を走っていた。
いずれも小型機獣ではあるが、多勢に無勢。範囲攻撃を持たないソフィアたちではどうしても対処に出遅れる。
——アイリスがいなければ。
「ふんっ!」
まず真っ先に ソフィアに襲いかかったクイービーを超速で動かした右腕で瞬く間に粉砕。緑色の血が宙を舞うのにも構わず、すぐさま駆けたアイリスは続いてグラスナー五体を相手取る。
「色ボケ従者どもはさっきと同じ要領でガルムとコボルトを相手してろ! スピードの速い奴はこっちが受け持つ!」
高速で駆けてくるグラスナーを、それ以上のスピードで間合いを詰めて、そのままの勢いで右腕を顔面に向かって振るう。アイリスの剛腕に加えて、ぶつかり合う両者の速度が掛け合わさり、衝撃が発生。重たい音が空気を打つと同時に、グラスナー一体の顔面が木っ端微塵に砕けた。
続けて、すぐさま飛び上がったアイリスが重力落下に合わせて寸分の狂いもなくグラスナーの頭上に蹴りを落として真っ二つに裂いた。
眼前に現れるグラスナーには名剣の如き鋭い蹴りを放って首を斬り、最後の一体は顔を無くしたグラスナーの体を鈍器として流用。脚を持って思いっきり振るうと、二つともがバラバラに砕け散った。
「うわぁ……」
いずれも小型ではあるが、破壊を撒き散らし、人を恐怖へと誘う機獣。それが、ただの殴打と蹴りで木っ端微塵にされるその光景に、ソフィアは危機的状況も忘れて言葉を失う。
いや、既に危機的状況ですら無くなったのだろう。クルルたちも問題なく対処出来ていることからも、この第二陣の討伐は時間の問題だ。
ただ、頭上から空気の揺らぎを察知したアイリスが咄嗟にソフィアの体を掴んで、『そこ』から距離を空けさせた。
「ア、アイリス!?」
「黙ってろ。まだ終わりじゃないみたいだぞ」
「え?」
その疑問の声は、上から降ってきた二足歩行の『巨人』によってかき消された。