轟音と共に地面に着地したソレは、地面に亀裂を入れ身の丈以上の土煙を発生させる。アイリスたちが着地すると、その土煙は晴れその姿が露わになった。
「確か、カルメリアから数体逃げ出したって言ってたよな?」
「——ッ…!! 大型機獣『イエティ』! それじゃあアレが……カルメリアを壊した二十五体のうちの一体ってことね……!」
イエティと呼ばれたソレの体長はざっと3.5メートル以上。鋼色の体毛は変わらず機獣の特徴だが、その極小の毛一本一本が硬く鋭い針の様になっている。イエティに近づくだけでも余計な裂傷を負うこと間違い無いだろう。
そして、その巨体を支える丸太のように太い両脚と地に着きそうなほど長く太い両腕。こちらを睨む狂気に満ちた紅い双眼と裂けた大きな口から涎を垂らすその様相は、今にもアイリスたちを食べようと思っているかの様だった。
いや、実際にそうなのだろう。獲物を殺した後に食べるのがイエティの特徴だと、ソフィアはアイリスに語った。
「聞いていたよりもかなり大きいわ……。きっと、私たちがここに来るまでに何人も食べたんでしょうね……」
「栄養を蓄えてお腹一杯。さしずめオレらは次に腹を空かせるまでの早贄ってか? 獣風情が調子乗りやがって」
ソフィアを降ろし、アイリスがイエティの前へと歩いていく。ニタニタと笑っているように見えるその顔面に一発叩き込んでやるつもりだった。
「アイリスが戦ってくれるの?」
「あぁ。ふざけた見た目だが、アイツが人間には荷が重いってのは十分解る。なるほど、都市一つと騎士団が壊滅させられるわけだ」
イエティの体格とその重量から、攻撃手段などを分析。王国随一の卓越した技術と身体能力を持つクルルと比較しても、肉弾戦じゃクルルに勝ち目は100%無いだろう。魔法を使ったとしても、ほんの僅かなミスで致命傷へと至ること間違いない。
それ故に、こんな脅威を容易に相手取れる帝国兵の力が強大だということが理解出来るのだが、それはアイリスにしても同じことが言えた。
右腕全体は変形させないが、カチャカチャと指を鳴らしその先を尖らせていく。
「それじゃあエテ公。オレのデータ取りに付き合ってくれ。解析前に死ぬんじゃないぞッ!」
語尾の勢いそのままに、地を爆ぜさせて一気に間合いを近づけるアイリス。
まずは開幕一発。その憎たらしい顔面に、何体もの機獣を破壊した剛腕を叩きつける。
だが——
「チッ」
ガァァァンと、銅鑼を叩いたような重苦しい音が森に響き渡る。
それどころか脚はしっかりと大地を踏み締めたままで、ほんの数センチすら動いていない。
完全なノーダメージ。それを両者が同時に自覚すると、即座にアイリスはその場から離れ、その眼前にイエティの剛腕が振るわれた。
「んぐっ……!」
その空気の動きだけで、アイリスは吹き飛ばされる。
アイリスが軽いわけじゃない。竜巻を発生させるが如きイエティの空振りが、それだけの威力を持っていたということだ。もし直撃でもすればたとえアイリスであっても無事ではいられないだろう。
直撃すれば——
「ハッ! そんなもんかよ!! トロくせぇなぁオイ!!」
スピードは遥かにアイリスが勝っている。そこに加えて、イエティの硬さが分かったことで今度は『本気』の攻撃。縦横無尽にイエティの周りを駆け巡ると、すれ違い様に一発一発入れていく。当然ながら、そのスピードは一切衰えない。
猛スピードで拳が届く射程距離に入った刹那の一撃が、その威力を増大させ針のような体毛ごと破壊して皮膚へと押し込んでいく。
「ガァA aアアア——!!」
「なんだお前、声帯があるのか。ついでに痛覚も。なるほど、とりあえずお前たち機獣は生物に間違いはないみたいだな」
痛みを誤魔化すように、がむしゃらに両腕を振うイエティの攻撃を紙一重でアイリスは躱していく。完全な見切り。もはやイエティはアイリスの敵なり得なかった。
アイリスの攻撃が加速し、辺り一面に緑色の血が散らばっていく。
「ハッ! 見掛け倒しにも程があるぜ! オレの配下を名乗ろうってんだったら、もう少しは頑張ってくれよ! なぁ——」
一方的な攻撃。血みどろになるイエティの姿にアイリスの気分が高揚する。
いつでも破壊出来るこの状態。もう終わらせようと、ハイテンションのまま指先を重ねて鋭い槍のようにしたアイリスがイエティの心臓を貫こうとすると——
血の分析結果がアイリスの気分を一気に下降させた。
『——標的の未確認生物・名称『機獣・イエティ』に関する情報をインプット。