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3-9 「無窮の礫」

「んなっ……!!」


 自分の中で更新された情報に思わずアイリスの攻撃の手が止まる。続いて目の前のボロボロになったイエティをまじまじと眺め、瞳に映るゴリラの記録と見比べた。

 その形は確かに似ていた。

 アイリスはソフィアに機獣のことを訊ねようと交戦を止めて一時後退。そこには小型機獣を片づけていたクルルたちの姿もあった。


「どうしたのアイリス。何か分かったことでもあった?」

「……あぁ、分かったことはあるが分からないことも増えた。マスター、一つ聞くぞ」

「な、何かしら?」

「お前たちの話だと、機獣は500年以上前からいたんだよな?」

「ッ……!」


 最初に出会った時と同じような、真剣な眼差しで訊ねられソフィアの言葉が一瞬詰まる。だがすぐに気を取り直し、クルルたちを見て情報の一致を確認すると、アイリスに向かって頷いた。


「えぇ……そうよ。アナタが生きていた世界にいなかったのなら、機獣が誕生したのは少なくともそれ以降なのは間違いないわ」

「なるほどね——」


 その答えを聞くと、アイリスはおもむろに静かな森の中を見渡していく。そう、アイリスにとって不自然なほどに静かな森を。

 そこで一つの仮説が導き出されるが、その思考をイエティが邪魔をした。


『Ooァアァr——! g アAアァ——! 【GgRrpアa】!!』


 言葉にもならない、ただの音声に等しいイエティの叫び声。まるで断末魔の如き悲痛の音だったが、それがもたらした効果はソフィアたちを驚かせるには充分だった。


「あ、アレは……!」

「そ、そんな……嘘でしょ……! どうして、機獣が魔法なんか使えるのよ——」


 恐怖に満ち、掠れるようなソフィアの声。そんな声を出させたのは、イエティの目の前に浮かぶ何十個もの岩があったからだ。

 アレが何かはソフィアたちにとって一目瞭然。なぜなら、何度もアレを食らってきたからだ。


「——!!」


 声にならない声と共にイエティが腕を振うと、その礫が一斉掃射。それをアイリスが砂鉄の縄を作ってソフィアたちを束ね、その場から離脱。

 一秒にも満たぬ攻防。しかしその結果は甚大で、放たれた岩は大木と地面を容易に穿っていた。あの場に止まっていれば、ソフィアたちは肉片も残らなかっただろう。

 そこで更に確信する。イエティが放ったそれは、まごうことなき帝国式の汎用魔法【無窮の礫リトスペトラ】だった。

 再度その魔法が展開されると、アイリスは地面に足を叩きつけ土煙を発生。即座に死角に移って少しでも狙いが定まらないようソフィアたちを木の陰に隠す。


「やはり……アレは帝国の【無窮の礫】ですな。威力もかなりのものです……」

「き、機獣が魔法を使うなんておかしいですよ……! な、何かの間違いですって!」

「……いいえ、ハーベ。事象はきちんと受け止めましょう。あのイエティは魔法を使う。その前提でこの場を切り抜けるの。いい?」

「ッ……! は、はい。申し訳ございません……」

「いいのよ。誰だってあんなの予想していなかったんだから」


 今にも泣き出しそうなハーベとソフィアたちの震える声からも、機獣が魔法を使う例は今までに無かったようだ。

 ただでさえ、その身一つだけで人類の脅威となっているのに、そこに人類が唯一優っている魔法まで使われるとなれば……。困惑と共に恐怖心が増大するのも無理からぬ話だ。

 それでも、この場にはそんな魔法をモノともしない存在がいることを彼女たちは忘れていた。


「おい、とりあえず機獣は魔法を使ってこなかったが今は使っている。その認識で間違いないな?」

「え、えぇ……。でも、アイリス……それがどうしたの……」

「いつまでも悲壮感たっぷりの顔をされちゃこっちが困るんだよ。魔法を使ったとて、あのエテ公がやってるのは所詮岩を投げつけることだけ。今まで相手してきた帝国兵どもと何ら変わりねぇ。なら、オレがいればどうにでもなるだろ」

「で、出来るの……!?」


 自信満々に、こともなげに言うアイリスにソフィアたちの恐怖心が薄らいでいく。

 それを見て一つため息を吐くと、アイリスは木の陰から出てイエティを見据えた。


「余裕だっつーの。まぁ出来ることならまだデータは取りたかったがこの際だ。今はとっととアイツを片付けることに専念するよ」


 そう言ってアイリスが駆け出すと、その前に岩が展開され次々と発射されていく。散々戦った帝国兵と同じ魔法の軌道。だからこそ、その情報をインプットしているアイリスの瞳には弾道予測が映っていた。


『0.2秒後に左脚着弾。0.5秒後に右腕、1秒後に胴体——』


 それを一つずつ避けていき、射出が終わった瞬間に一瞬でイエティの眼前に間合いを詰めた。


「——ッ!!」


 目の前に現れた獲物に気付き、両腕を横殴りにして潰そうとするがそこにはもうアイリスはいない。

 それどころか両腕すら無くなり、イエティの顔面に緑色の血が降り注ぐと、その頭にアイリスの右手が添えられた。


「最後にちょっと脳波を探らせて貰う——ッ!?」


 右腕から解析したその情報。思わずアイリスは目を見開き、そのまま着地。両腕がなくなったイエティの前にゆったりと立つと、その無惨な巨体を見ながらアイリスの表情が怒りに染まる。

 その対象はイエティではない。脳波から得たデータが、先ほど生んだ仮説に結論を生み出したのだ。


「……人間どもが。相変わらず胸糞悪いことしやがって……」


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