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3-10 「殺されてくれ」

 震えるその声には、しばらく出していなかった人類への憎悪が込められている。だが、その憎しみをアイリスはイエティにはぶつけたりしない。

 代わりに、明確な慈悲の元でイエティを『殺す』と決めた。


「悪いな。人類が憎いだろうが、今はマスターの命が最優先だ。ここはオレに免じて殺されてくれ——」


 そう言ってアイリスは左手を思いっきりイエティの胴体に突き刺しその体内で、砂鉄を解放。

 前腕部から月輪の様な砂鉄の刃が展開されると、そのままイエティの上半身と下半身が綺麗に横に分割された。

 ガチャガチャっと砂鉄を左腕に戻し、動作を確認。ズシンッと、重たい二つの肉塊が地面に落ちると、アイリスは膝をついて見開くイエティの瞼をそっと閉じた。

 その表情に憐憫を込めて——


「アイリスーー!」

「あん?」


 事態が完全に終息したのを見計らい、ソフィアがアイリスの下へと慌てて駆けてくる。

 どうやら、イエティの傍で動かなくなったアイリスに何か異常があったのではと心配しているようだった。


「だ、大丈夫なの!? 怪我はない!?」

「あ、あぁ……。五体満足だよ。つか、オレが怪我するわけないし、たとえしたとしてもマスターがそこまで心配する必要は……」

「そういう問題じゃないの! ほら、その血を拭くから動かないでね!」

「……」


 緑色の血に染まったアイリスの顔を、ポケットから取り出したハンカチでソフィアが拭っていく。その慌てっぷりにアイリスの方が困惑していた。

 と、そこでポツリとソフィアが呟く。


「ねぇアイリス。どうしてあんな戦い方をしたの?」

「あん? どういうことだ?」

「肉弾戦だけで戦ったことよ。あの時見せた光の光線とか、右腕の変形とかすればもっと早く倒せたんじゃないの?」

「あぁそれか。まぁ理由は色々さ。解析したいのが一番だったのと、わざわざ力を見せつける必要はないかと思ってな」

「見せつける……??」


 アイリスの要領を得ない答えに疑問符が浮かびまくるソフィア。そんな視線を受けたアイリスは空を見上げており、その先のカルメリアの方角を捉えていた——



「——うわっ…! この距離で気付くのか……! とんでもないな……!」


 そこはカルメリアの北部。貴族区画・領主府の丘の上にあるステラ家の屋敷。そこにある大木の頂上にユウマが座って驚いていた。

 髪をかき揚げ、凛々しい顔が露わになったその瞳の前には円形の水が大中小と三重になって展開され、そこにはこちらを覗くアイリスが写っていた。

 水を操るユウマの固有魔法。それを応用した超々望遠鏡は、彼の欲しい情報を少なからず得ることに成功していた。


「おーこわっ。なるべく敵にしない方が吉だなありゃ」


 見極めたかったアイリスの実力を目の当たりにし、その実力の高さに思わず身震いするもその表情には笑みが浮かんでいる。だが、それも束の間。

 表情を固く戻した彼には特別大使らしい毅然とした眼差しとなり、二つになったイエティを捉えていた。


「それにしても帝国の魔法を使う機獣の発生か。こりゃ気を引き締めないとすぐに死んじまいそうだな——」


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