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4-2 「ソフィアお姉様……」

 歯が欠けそうな勢いで、アステリアは食いしばる。

 お金という単純にして無慈悲な現実すらどうすることも出来ず、仇も討つことが出来ない無力感。

 伯爵の情報では、カルメリア近辺のどこかに潜んでいると言われているが、ここから離れようとしないのもまるで無力な自分をどこかで笑いながら見ている様に錯覚させられていた。


「北はフリューゲル兄妹……都市防衛は帝国軍……。浮いている南をステラ騎士団と叛者レウィナたちに充てるのは——」


 無理——と、分かりきっているその言葉をアステリアは口にしない。

 多くの叛者にとって機獣を狩ることは、冒険でも腕試しでもない。その日暮らしをしたいだけの人間だ。

 そんな人たちに、大型機獣が大量にいる南に行けという依頼を出したとしても誰も動かないことをアステリアは理解していた。

 ステラ騎士団にしたって、先の戦で多くの命が失われている。今残っている騎士の数はたったの二十一人。その大半も、まだ傷が癒えない負傷者であることを考えると動かすことも出来ない。

 まさに八方塞がり。

 苦悩に柳眉を歪めるアステリアを見て、フレッドが何かを思い出した。


「そういえば……その特別大使殿から期待できる人材がいると、先ほど報告が挙がっていましたな」

「フリューゲル兄妹から……?」

「はい。二日前ほどにクリュータリアから来た商会らしいのですが、積荷を道中に失ってしまったそうで。そこで報奨金目的で機獣を狩ることを決めたそうなのですが、なんと南の大型機獣の一体を討伐したそうです。それも、完全な無傷で」

「なんですって!? それは本当なのですか!?」


 思いがけない戦果にアステリアの血相が変わる。

 大型機獣を狩ることが出来る人材は本当に限られている。戦力が足りていない今、そのような強者がカルメリアに滞在していることは吉報でしかなかった。


「はい。特別大使殿たちが嘘を吐く理由もありませんし、何より報奨金を渡した係の者がその一向を確認しております。老兵らしき男が一人、少女が三人」

「たったそれだけの人数で大型機獣を討伐したのですか……? にわかには信じがたいことですね……」

「確かに偉業にも等しい戦果ではありますが、決してあり得ない話ではありませぬ」

「というと?」

「クリュータリアは二年前まで完全鎖国状態でございましたでしょう? それが僅かながらでも開国し『外』に出る様になったとはいえ、商会規模の『外出』が許されるとなれば相当な腕の持ち主ということでしょう

 積荷を失ってしまったのは、単に運がなかっただけかと」

「なるほど……。——使えそうですね、そのクリュータリアからの商会とやらは。その一向の居場所は分かっていますか?」

「はい。今は、【今昔亭】と呼ばれる宿屋を拠点にしているそうです」

「では、彼らがここから立ち去らないよう門番には足止めをお願いしてください。それと共に、使者の一人を彼らの下へ送り依頼の方をお願いしましょう。報奨金は三倍出すと伝えてください」

「よろしいのですか?」


 フレッドの確認に、アステリアは一考することもなく答えを出す


「えぇ。たった四人で、一人も欠くことなく大型機獣を討伐出来る人材に出会えたことはなによりの僥倖です。今、私たちは彼らを失ってはなりません。フリューゲル兄妹が認めたということは、それに類する実力者ということでしょうし後ろ暗い存在でもないのでしょう。ならば——」


 そう言いながら、アステリアは急いで依頼書を書き綴る。

 もはや、なりふり構っていられないのだ。


「彼らに南部にいる機獣を討伐させ、北部にフリューゲル兄妹を討伐させる同時作戦をここで実行させます。時間もお金もない以上、ここで決着をつけます。フレッドは帝国軍と残る騎士たちに都市の防衛陣を敷くよう告げてきてください」

「かしこまりました」


 書き終えた依頼書を手に取り、恭しくフレッドは頭を下げる。

 性急だということは彼にも分かっているが、今が最大の好機を逃せば次はないということも理解していた。

 フレッドが下がり、一人になったアステリアがティーカップを覗き込む。そこには申し訳なさそうにしている顔が映し出されていた。


「ごめんなさい……勇敢なる我がステラ騎士たちよ……。本来であれば、貴方たちに頼むのが道理だというのに……。領主の仇だって討ちたいでしょう……。でも……」


 それは騎士としての誇り。その誇りを踏みにじり、第三者たちに頼ろうとしていることは彼らの心を更に傷つけていることだろう。

 それでも、騎士たちは彼女が物心ついた頃から一緒にいた存在なのだ。


「貴方たちまで失ってしまったら私は——」


 胸を掻きむしりたくなるほどの虚無感と恐怖感。それを紛らわす様に彼女は、胸元からレストアーデ王国の紋章がついたネックレスを取り出して握りしめる。

 それはかつて、彼女の姉的存在と一緒に買った思い出の品だった。


「お父様……、ソフィアお姉様……。どうか私に力を——」


 空っぽな部屋の中で、その思いの丈が虚しく響き渡った。



「——なに? 北南両部の大型機獣掃討依頼が出されただと? それは事実か、ベラリオ大隊長プリムス

「はい、確定情報でございますサルード様。先程、ステラ家配下からのその旨の依頼書を預かりました」

「ステラ家の印章付きか。偽造ではないようだな」


 そこは、サルード伯爵に与えられた大使館の一室。

 高級な調度品まみれのその部屋で、サルードはベラリオからその依頼書を受け取り中身を確かめた。


「——ふんっ、まさか南部の大型機獣を倒せる輩がこの地に現れるとはな。あの小娘も存外運が良いらしい」


 身分を笠に贅の限りを尽くしているのだろう。貴族らしい煌びやかな服で油ぎった太い身体を隠しているサルード。四十代にして、その身体は不摂生に満ちている。

 そんな彼は下卑た嫌らしい笑みを浮かべながら、依頼書をベラリオに返した。


「クリュータリアの商会ごときが、大型機獣を倒せるとは思いませんでしたな。いやはや、一体どのような武人なのか。このベラリオ、少し楽しみであります」


 一方のベラリオ大隊長はサルード伯爵とは真逆。帝国軍服の上に羽織った乳白色のマントは帝国軍大隊長の証で、それに相応しい屈強な体を持っている。

 将来有望な実力者とも評され、その自負からか強い者が現れた時に心が躍ってしまうらしい。


「大隊長たる者が敵に対してそのような下劣な感情を抱くでない。事態は急を要するのだぞ。万が一にも、この依頼が完遂されてしまえば、我らの計画が台無しではないか。ただでさえ、トルルの特別大使が邪魔だというのに——」

「サルード様、その辺で。どこに耳がありますか分かりませぬので」

「む」


 ベラリオが人差し指を自身の唇に立てると、サルードが口をつぐむ。

 一つ咳払いをして、声の音量を落として話を続けた。


「それで、ベラリオ。貴様なら、これに対してどういう処置を取る?」

「そうですね……。いくつか案はありますが……」

「構わん、許す。申せ」

「はっ」


 主君の許可を貰い、ベラリオが案を述べる。


「最適なのはやはり、この商会の方を消すことでしょう。後ろ盾のある特別大使では出来なかったことですが、ただ強いだけの商会ならば消しても問題ありませぬ」

「ふむ、余と同じ考えだな。して、その方法は?」

「南部に『援軍』を送ればよろしいかと。依頼書には都市防衛に努めてほしいと書かれてはいますが、先制攻撃を仕掛けることも立派な防衛手段の一つです。何か言われたとしても、そう言えば問題ないでしょう。権力はアチラが上とはいえ、実権は事実上こちらが握っていますしね」

「ふっ、分かっているではないか。——では、ベラリオの案を採用するとしよう。『援軍』に相応しい兵はどれだけいる?」

「ざっと十人程度ですかね。我が帝国軍の力を持ってすれば、これでも過剰戦力でしょうが」

「万全を期すにこしたことはあるまい。最優先事項は計画の完遂だからな。では、ベラリオ大隊長に命ずる。ステラ侯の計画に『協力』してやるのだ」

「はっ!」


 右腕を胸の前で横に曲げ、礼をするベラリオ。

 そのまま下がって部屋を出る直前、サルードが声を掛ける。


「そういえば、アルゴスはどうなっている?」


 その質問にベラリオは悪意に満ちた笑みと共に答えた。


「ご安心ください。今もずっと元気に過ごしていますよ——」


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